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【青雲の大和】(198)この日のために (1/2ページ)
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広い接見の間(ま)には、皇太子である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と内臣の鎌足(かまたり)、そして玄理(くろまろ)、日文(にちもん)の四人しかいない。従者、女官は皆はずしての会談である。
いわば改新政権の最高首脳といっていい四人だった。六か月まえ、蘇我(そが)を打倒していらい、この国の体制を根本的に変革する重要施策のすべては、事実上この四人によって決定され、執行されてきたのである。
「きょうは、この半年間の成果のうえに立って、新年に打ちだされる改新の詔(みこと)のりについてご報告もうしあげ、皇子(みこ)の裁可をえたく存じます」
玄理はそのように前置きして、日文と二人でねりあげた文案を説明していった。
「まず、第一条であります。冒頭に漢語でいう公地公民制を打ちだします。これによりいっさいの土地私有は禁じられ、私有民は公民、すなわち国家の民となります」
これが大化改新の根幹をなす条項であって、すでに方針としては、中大兄皇子だけでなく大君(孝徳天皇)の内諾をえてあった。
問題はそのつぎである。
「いっさいの私地私民を禁じるということは、皇族方においても適用されなければならず、いわゆる子代(こしろ)、屯倉(みやけ)などは国家に返上していただかねばなりません」
そういって、玄理は中大兄をみた。
若々しくさわやかなその顔には、まだなんの変化もあらわれていない。
「失礼ながら皇太子の屯倉、つまり御料地はいまどれほどあるか、ご承知でしょうか」
玄理があえて問うと、はじめて反応が返ってきた。
「うん? われのことか。知らないな、どれほどあるのだ」
中大兄は鎌足のほうをみた。
「全国に百八十ほどございますが」