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【青雲の大和】(143)樹下の誓い (1/2ページ)
「皇子(みこ)、それはまこと退位でございますか」
思わず玄理(くろまろ)は問い返していた。
天皇(すめらみこと)が生前に退位されることは、この国ではありえないのである。
あの蘇我馬子(そがのうまこ)が泊瀬部(はつせべ)の大君(崇峻(すしゅん)天皇)を暗殺という手段で闇に葬らねばならなかったのはなぜか。蘇我の権力をもってしても、いったん神器を捧げて即位をねがった天皇を退位させることができないからであったにちがいない。
「いや、われもおどろいた」
中大兄(なかのおおえ)の顔には、戸惑いの色がいまも消えていない。
「昨日あさ、主上(おかみ)によばれて大殿に行ってみると、いきなり、あなたに位を譲ります、とこうなのだ。さんざん諫(いさ)め、慰めたのだが、言いだしたらきかない人だからな、母は」
それもそうだろう。ご自分が任じたかたちになっている最高位の重臣と、その子息が死に追いやられ、しかも、殺したのはご自分の長子である。それも正殿での公式の場に臨んだ眼のまえでの惨劇だったのだから、お怒りになるのは当然なのかもしれない。
譲位を告げられた中大兄は、いったん退出してきて鎌足に諮(はか)ったという。
鎌足はむろん、現時点で中大兄が即位することには反対である。
−−それはなりませぬ、
と、きびしくはねつけたらしい。
玄理には、その気持ちがわかりすぎるほどわかった。もし中大兄がここで即位することになると、天下の臣民はなんというか。皇位がほしくて入鹿(いるか)を斬殺し、蘇我邸を攻めて大臣(おおおみ)を死に追いやったと誹謗(ひぼう)するにちがいなく、蘇我を打倒して理想の国家を建設するという大義は、たちまちにして血と野望に汚(けが)れてしまうのである。
とつぜんの天皇譲位という事態にたいし、鎌足が用意していた答えは、大君(皇極(こうぎょく)天皇)のじつの弟である軽皇子(かるのみこ)に皇位を継いでいただく、というものであった。
「で、お受けくださるのだろうか」