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【青雲の大和】(142)樹下の誓い (1/2ページ)
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玄理(くろまろ)、日文(にちもん)にたいする中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)のあいさつが終わると、背後にひかえる鎌足(かまたり)が今日から発足する新政権の概要について説明をはじめた。
「なんともうしましても、蘇我(そが)を倒したあとの政権でありますれば、まず大臣(おおおみ)の地位をどうするかというのが最大の問題でありました」
古来、大和の国にあっては大臣、大連(おおむらじ)は天皇(すめらみこと)を支え、補佐する最高の地位であった。大連は蘇我・物部(もののべ)戦争に敗れた物部守屋(もりや)を最後に歴史から姿を消したが、大臣のほうは絶大な蘇我権力の象徴のようになり、蘇我馬子(うまこ)から蝦夷(えみし)へと受けつがれてきた。
「蘇我を倒した政権が、これをそのままひきつぐわけにはまいりません。といって、大連を復活させるのもいかがなものかということになりまして、結局、大臣の地位を左右にわけ、左大臣(さだいじん)、右大臣(うだいじん)と呼称することにいたしました」
就任したのは、
左大臣、阿倍内麻呂(あべのうちまろ)
右大臣、蘇我倉山田麻呂(そがのくらやまだのまろ)
である。
阿倍内麻呂は群臣の最長老格であり、事前に鎌足が動いて反蘇我陣営にひきいれた、と玄理はきいている。
山田麻呂については、蘇我勢分断のため鎌足が謀(はか)って娘を中大兄の妃(みめ)に召しいれ、姻戚(いんせき)関係をつくりあげたうえ、蘇我打倒に大きな役割を演じさせた。内麻呂とともに新政権最高の地位があたえられるのは当然であろうと思われる。
「では鎌足どの、朝廷におけるそなたの地位はどうなるのか」
愛(まな)弟子にたいし、日文が眼におだやかな笑みをたたえながらきいた。
「それについては、わたしからお答えしよう」