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【青雲の大和】(138)大義はわれに (1/2ページ)

2008.3.15 08:22
このニュースのトピックス青雲の大和

 蘇我(そが)権力をささえてきた主軸のひとつが、また抜けおちたのである。高向国押(たかむこのくにおし)は蘇我勢でも、もっとも信望のあった人物で、これが抜けると崩壊をくいとめるものは、もうなにも残っていない。

 あと大臣(おおおみ)、蘇我蝦夷(えみし)の首をいつ討ちとるか、である。鎌足(かまたり)としては、蘇我勢のすべての者をゆるしても、蝦夷だけは生かしておくわけにいかなかった。

 蝦夷に恨みがあるのではない。入鹿(いるか)とちがって、決断力に欠ける凡庸な人物であった。生かしておいても、なにほどのこともなしえないだろうことはわかっている。

 しかし、蘇我宗家の当主であり、あの蘇我馬子(うまこ)から絶大な権力を受けつぎ、大臣としてそれを行使してきたことが問題だった。これを討たねば蘇我打倒を果たしたことにならない。

 入鹿をあざむき、友情を逆手(さかて)にとって斬殺したのが大義のためであれば、蝦夷を討たねばならないのも、また大義のためであった。

 国押がもたらした情報では、丘のうえの蘇我邸には倭漢(やまとのあや)の者どものほか、せいぜい四、五十人しか残っていないという。とすれば、いっきに攻撃する手であるかもしれない。

 そう考え、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)に進言すると、

「よし、やろう、日の出を期して突入する」

 あたりに響くかん高い声が返ってきた。

 指令を全部隊に伝え、早朝の戦いにそなえて兵に仮眠をとらせたあとである。丘の中腹に布陣する部隊からざわめきが伝わってきた。

「なにごとだ、みてまいれ」

 鎌足は帷幕(いばく)の柱にもたれて眠っている子麻呂(こまろ)を起こして命じた。

 すでに夜が明け初(そ)めている。子麻呂は外につながれていた馬に飛び乗り、駆けだしていったが、すぐ馬首を返してもどってきた。

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