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【青雲の大和】(137)大義はわれに (1/2ページ)
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鎌足(かまたり)がえがいた蘇我(そが)打倒の戦略は、二日間で勝負を決するというものであった。それ以上、戦いを長びかせるのは、なんとしても避けねばならない。
権力者、蘇我入鹿(いるか)を倒した衝撃で、いま飛鳥の諸勢力は強風に吹きよせられるように中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)のもとになびいてきている。しかし、地方はといえば、六十年におよぶ蘇我支配の構造がそのまま残っているとみなければならず、首都における権力奪取がもたつくようであれば、旧勢力が飛鳥を包囲するかたちで力をもりかえしてこないともかぎらない。
いま、もし蘇我邸を力攻めに攻めるなら、たてこもる数百人の蘇我勢を結束させ、捨て身の抵抗をまねいてしまうであろう。
ここでとるべきは、敵を懐柔し投降をうながす手である。そのために蘇我系の大物、巨勢徳太(こせのとこだ)をあえて甘樫丘(あまかしのおか)に送りこんだのだった。
「待て、攻めてはならぬ。火を絶やさず戦意をみせつけるだけにとどめよ」
勝麻呂(かつまろ)がよこした兵に鎌足は指示し、さらにこうつけくわえた。
「邸内から逃げてくる者をみつけても、決して殺してはならない。皆、逃げるままにまかせよ。このむね、海犬養(あまのいぬかい)にしかと伝えるのだ」
兵は地にひざをつき一礼してから、隊長の勝麻呂のもとへ帰っていった。
丘のうえの蘇我邸をかこむ味方の陣営で、つぎつぎと歓声があがりだしたのは、暁闇(ぎょうあん)の空にわずかに朝の気配がただよいだしたころだった。
「なんだ、なんだ、なにごとか」
暫時の仮眠をとるべく帷幕(いばく)にはいったばかりの中大兄皇子が、かがり火が燃えさかるそばへ急ぎ足でもどってきた。
「丘のうえから、蘇我の者どもが逃げてきているようです」
鎌足は答えた。