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【青雲の大和】(136)大義はわれに (1/2ページ)
厚い雲がとぎれて顔をのぞかせた十二夜の月は、すでに西の山の端(は)に傾いている。夜がしだいに深まっていくなかで、大伴(おおとも)勢を主力とする軍団が甘樫丘(あまかしのおか)の蘇我(そが)邸を包囲すべく動きだした。
先鋒は勝麻呂(かつまろ)を隊長とする百人ほどの部隊である。まず麓(ふもと)の入鹿(いるか)邸を急襲し、敵の守備隊を一掃すべく丘の西側をまわり、攻撃態勢にはいった。
蘇我勢主力はほとんどが丘のうえの蝦夷(えみし)邸に移り、大臣(おおおみ)をはじめ蘇我幹部をまもっているが、麓の入鹿邸にもなお兵を残し、蝦夷邸が攻撃にさらされた場合にそなえている。その小部隊を勝麻呂隊がたたく作戦である。
大伴の当主、長徳(ながとこ)がひきいる大伴勢は、飛鳥川に沿って甘樫丘の東北側をまわり、蘇我の拠点がある豊浦(とゆら)に通じる道を封鎖した。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の指令がでれば、ここから丘を駆けあがって蝦夷邸へ突入するかまえである。
中大兄自身が指揮する本隊は、皇居板蓋(いたぶき)の宮から甘樫丘にいたる道を押さえている。
こうして蘇我勢を封じこめたうえで、巨勢徳太(こせのとこだ)を敵陣に送りこみ、投降の説得工作にあたらせるというのが鎌足(かまたり)のねらうところだった。
「火を焚(た)け、天を焦がすほど燃えあがらせよ」
各部隊が配置につくと、鎌足は佐伯子麻呂(さえきのこまろ)を伝令に使って本陣からの指令をつたえさせた。
子麻呂が皇居正殿で入鹿を襲ったらしいという情報は全部隊につたわっていて、皆が畏服(いふく)するように子麻呂のつたえる命令をきくのである。
やがて甘樫丘をかこむように、北と西、南の三方にいくつもの火柱が立ち、勢いよく火の粉と煙を夜空にふきあげた。これを丘のうえの蝦夷邸からみれば、急斜面の東側をのぞいてすべて、炎と兵に包囲されているようにみえるだろう。投降を促すために乗りこんでいった巨勢徳太には、なによりの援護射撃になるはずである。