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【青雲の大和】(132)大義はわれに (1/2ページ)
このニュースのトピックス:青雲の大和
暗い夜の底に、ものいわぬ入鹿(いるか)の亡骸(なきがら)がよこたわっていた。
血に汚れた深紫(ふかむらさき)の衣冠は闇に沈み、どこかに孤独さを忍ばせていた細面(ほそおもて)の顔だけが、ほのじろく浮かんでいる。
「いかがいたしましょうか」
棺(ひつぎ)代わりの長櫃(ながひつ)に遺骸(いがい)をいれ、皇居板蓋(いたぶき)の宮からはこんできた兵の一人がいった。
鎌足(かまたり)は答えなかった。重く胸を圧してくるものに耐えながら、暗がりに立ちつくしていた。
黙(もく)したままである。
入鹿を殺したのはだれか。その問いには明確に答えることができる。なぜ殺さねばならなかったのかについても、である。
だが、ただ一人の友として信じきってくれていた者を、その信頼を逆手(さかて)にとって謀殺したことについては、どうにも申しひらきができない思いであった。入鹿は死にいたる瞬間にも、なお鎌足の策謀に気づいていなかったにちがいない。
「いかがいたしましょうか」
兵がまた同じことをきいた。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の命(めい)により、彼らは皇居の中庭に放置されていた入鹿の遺骸を法興寺(ほうこうじ)の門前まではこんできたのである。
「これより甘樫丘(あまかしのおか)にまいり、蘇我(そが)のもとに鄭重(ていちょう)に屍(かばね)をもどしてやりたい」
鎌足がいうと、遺骸をかこむ兵と舎人(とねり)が、恐怖に身をすくませるのがわかった。
「われがついていくから安心せよ。汝(いまし)らに危害をくわえるようなことはさせない」
話しているところへ、法興寺の南大門から佐伯子麻呂(さえきのこまろ)が小走りに駆けてきた。