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【青雲の大和】(127)決行 (1/2ページ)

2008.3.7 14:13
このニュースのトピックス青雲の大和

 大市(おおち)の宮の警護を兼ねて、古人大兄(ふるひとのおおえ)を監視する役を網田(あみた)にまかせ、子麻呂(こまろ)が馬を馳(は)せて飛鳥にもどってみると、皇居のまわりに信じられない光景が展開していた。

 すでに日が暮れ、顔もさだかでないなかで、黒い衣冠をつけた者どもがぞくぞくと板蓋(いたぶき)の宮の南門にあつまってきているのである。

 剣を帯びた者がいる。古い鉾(ほこ)をもちだしてきている者もいた。が、多くは無腰で、鎧(よろい)をつけている者はだれ一人みあたらない。

 はじめ子麻呂は、蘇我(そが)系小氏族の寄せあつめであろうとみた。権力者、蘇我入鹿(いるか)が倒れたのを知って、あわてて馳せ参じたのであろうと。

「おい、あの者どもはなんだ」

 南門をまもる部下の衛兵にきいた。

「はい、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が起(た)たれたときいて、あつまってきている者であります」

「なんだと。それ、だれが知らせた」

「だれがといって、皆、知っていますよ」

 子供っぽい顔の衛兵は、眼をかがやかせていった。

 二日間は情報操作で混乱させる必要があるとみた鎌足(かまたり)の予測をこえて、情勢はすでに激動しているようである。

 そういえば、皇居西側の飛鳥川のほとりから甘樫丘(あまかしのおか)まで、道の両側に立って警戒にあたっていた蘇我兵は、皆ひきあげてしまっていた。丘のうえの蘇我邸を固めよ、との指令がでたにちがいなかった。

「中大兄皇子はどこにおられるか、きいていないか」

 まさかと思いながら尋ねてみると、ぱっと答えが返ってきた。

「皇子はここ南門をでて、法興寺(ほうこうじ)に移られました」

「法興寺に? なぜだ」

「蘇我打倒の本営をかまえられるということでした」

 若い衛兵は頬を紅潮させていった。

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