ニュース: 文化 RSS feed
【青雲の大和】(119)決行 (1/2ページ)
勝麻呂(かつまろ)に従って控えの間にもどった子麻呂(こまろ)は、命じられるよりまえに剣を木箱からとりあげ、戸口に身を低めてかまえた。
網田(あみた)がつづいた。
「抜け」
腕組みしてみていた勝麻呂が、短く命じた。
子麻呂、網田が同時に白刃を抜き放った。
「鞘(さや)は捨てろ」
勝麻呂の指示で、子麻呂は左手にもっていた鞘を床においた。網田は乱暴に部屋の隅へ投げた。
「よし、そのまま待て。われは蘇我(そが)の従者二人を押さえておく」
そういって出ていこうとして、勝麻呂は戸口でまた向きなおり、
「いいか、もう一度いう。きさまらが倒さねばならないのは、天下万民の敵だ。わが大和を転覆せんとする朝敵である。怯(ひる)むな、殺(や)れ、殺るんだ」
押し殺した声を子麻呂らの顔に吐きつけてから、回廊を急ぎ足に去った。
正殿のまわりは静まりかえっている。内門をへだてた朝庭(ちょうてい)からは、さきほどまで式に参列している官人らのざわめきが流れてきていたが、いまはそれも静まって咳(しわぶき)ひとつきこえない。
子麻呂はじっと待った。いつ山田麻呂(やまだのまろ)が表文を読みはじめるか、である。すでに大君(皇極(こうぎょく)天皇)が奥から正殿へ出御されているのは、たしかだった。三韓進調(しんちょう)の儀のはじまりを告げる声がきこえたのは、勝麻呂がまだ控えの間にいたときである。
大刀をかまえ、正殿をうかがう子麻呂の眼に、そのとき予期しなかった光景が映った。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が正殿の裏側からあらわれ、階(きざはし)のわきに身を潜めたのである。しかも皇子(みこ)自身、剣を携えていた。
もし蘇我勢にみられたら、いいわけができない姿である。今上(きんじょう)の女帝の長子である中大兄が、蘇我打倒の先頭に立っている、そのことを公然と宣言したにひとしい行動だった。
もう、あとにひけない、と子麻呂は思った。決起が失敗した場合にそなえて、中大兄をまもるべく鎌足が防壁をめぐらせているが、その策謀を中大兄自身が破り捨ててしまったのである。
ここで子麻呂らが入鹿(いるか)を討ちそんじるならば、すなわちそれは中大兄皇子を弑(しい)することになり、盟主と仰ぐ鎌足を殺すことになる。子麻呂ら自身はいうまでもない。