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【青雲の大和】(111)決行 (1/2ページ)
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皇居板蓋(いたぶき)の宮の南門に立って、佐伯子麻呂(さえきのこまろ)は部下とともに早朝から門衛の任務についていた。
前日までの夏空は一転してどす黒い雲がおおいつくし、なまぬるい湿った風が南門を吹きぬけていく。
その不穏な天候をついて、きょうの式典に参列する官人らが衣冠に身をただして登朝(とうちょう)してきていた。
冠位第六位、小礼(しょうらい)以上の者で、ふだんは朝堂(ちょうどう)に出仕してそれぞれの公務についている。式典では、天皇が出御する正殿から遠くはなれた朝庭に列して、三韓進調(しんちょう)の儀をみまもることになっていた。
三韓の使者は、すでに高句麗(こうくり)と新羅(しらぎ)を代表する者が先導者について南門をくぐり、正殿のまえの式場に並んでいる。
あと百済(くだら)の大使、縁福(えんふく)だけが到着していない。
子麻呂は内心の焦りと不安に耐えて、部下の門衛たちの先頭で任務をこなしていた。
−−まだ指令がないのは、なぜか。
そればかりが気になった。きょう決起するとしたら、もう指令がとどいていなければならない。
大臣(おおおみ)に就任したかたちで登場する蘇我入鹿(そがのいるか)は、三韓の代表がそろいしだい、甘樫丘(あまかしのおか)の蘇我邸を出て参内してくるはずである。その途上を討つとすれば、この時間には子麻呂も若犬養網田(わかいぬかいのあみた)も襲撃現場にむかっていなければならない。
しかし、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)からはなんの連絡もなく、指令をもってくるはずの海犬養勝麻呂(あまのいぬかいのかつまろ)は、朝から一度も姿をみせていない。
−−やはり帰途をねらうことに決まったのだ。