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【青雲の大和】(103)最後の誠意 (1/2ページ)
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六月十日、丙午(へいご)の日の朝になった。
決起まであと二日と迫ってきた焦りを払いのけるようにして、鎌足(かまたり)は甘樫丘(あまかしのおか)へのゆるやかな坂道を歩いていた。
供(とも)は大伴(おおとも)邸の小者を一人、借りてきただけである。甘樫丘の蘇我(そが)邸へ行くさいは、つねにこうして相手の警戒感をあらかじめ解くように努めている。
とくにきょうは、重大な決意をもっての訪問であれば、ふだんに増して気をつかう必要があった。
訪問の目的はやはり、蘇我入鹿(いるか)への報告である。入鹿の指示をうけたかたちにして進めてきた三韓進調(しんちょう)の儀の準備が、とどこおりなく完了したこと、当日は大君(皇極(こうぎょく)天皇)が出御される時刻までに、皇居板蓋(いたぶき)の宮の正殿に入ってほしいことなどである。
しかし、それは表むきのことにすぎない。決起へあと二日と迫ったきょう、なんとしてもやらねばならないのは、入鹿との最後の談判である。
天皇にかわって入鹿が帝位につくという野望を撤回させ、蘇我革命による独裁体制をつくりだそうとする入鹿の構想を思いとどまらせなければならない。
もし入鹿が鎌足の説得をうけいれるのであれば、決起は見送るというかまえを肚(はら)にもっての談判である。
入鹿とは、ともに旻(みん)師の学堂で机をならべてまなんだ学友である。ここまで入鹿は鎌足を信頼し、ただ一人の親友として遇してくれた。その信頼に最後に応えたい。これがいま、友に示しうる鎌足のぎりぎりの誠意というものであった。
とはいえ、大和の国の命運が懸かっている重大事であれば、あいまいな妥協はゆるされない。入鹿はいまだ気づいていないが、蘇我打倒への完璧な布陣をもって談判に臨んでいるのは、そのためである。