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【青雲の大和】(100)最後の誠意 (1/2ページ)
そのまま控えの間に座して、鎌足(かまたり)はじっと瞑目(めいもく)して考えていた。
当日をふくめてあと四日という、この限られた時間になすべきことは、あまりにも多い。それもほとんどは、極秘のうちに動かねばならなかった。少しでも相手側にもれればすべてが破綻する、といった危険をはらむものばかりである。
三韓進調(しんちょう)の式典を準備するこれまでの策謀は、蘇我入鹿(そがのいるか)のためにやっているという名分があり、公然と動けるだけに鎌足にとっては、むしろ楽だった。きょうの段階まで、なにひとつ支障をきたしたものはない。
しかしいま、蘇我の分家の当主である山田麻呂(やまだのまろ)を中大兄(なかのおおえ)の居室によびこみ、密事を告げて同意をえるならば、これからは極秘裏の工作にかからざるをえない。
たとえば大伴(おおとも)勢の抱きこみである。当主、大伴長徳(ながとこ)は鎌足からみれば母の兄、つまり伯父ではあるが、蘇我打倒の大事を打ちあけ、
−−以後、大伴氏はあげて皇子に従ってもらいたい、
と告げるだけで、ことがすむというものではないのである。
これまで蘇我の権勢下にあって、大伴がかろうじて力をたもってこられた理由は、当主長徳の保身術にあったといっていい。ときにそれは、なりふりかまわず蘇我にへつらってみせるがごとき態度となってあらわれ、気骨ある者の冷笑をかうほどだった。
とはいえ、鎌足としては決起までに、なんとしても大伴を味方にひきいれておかねばならない。蘇我入鹿ひとりを倒しても、なお父、蝦夷(えみし)は健在で、蘇我配下の兵を動かし皇子側を粉砕することは可能である。
そのとき大伴が、断固として天皇家を守ることを天下にしめしてこそ形勢は逆転し、中大兄の陣営へ諸勢力が雪崩をうって馳(は)せ参じることになるのである。つまり勝敗の行方は、大伴が動くかどうかにかかっている。