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【青雲の大和】(96)契りの朝 (1/2ページ)
三韓進調(しんちょう)の日に決起するという蘇我(そが)打倒の計画で、網田(あみた)が不審に思っているのは、この国の権力をにぎる敵をなぜ白昼に、たった二人で討たなければならないのかということだった。
佐保(さほ)川のそばの庵(いおり)で、あらためて戦術の検討をはじめたとき、網田がまっさきに挙げたのは、その無謀さである。
「白昼のしかも公道だぜ、われわれが襲わねばならないのは。どう考えても、これはむりだ」
入鹿(いるか)が住む甘樫丘(あまかしのおか)の蘇我邸は、将来蘇我が皇位をうばったときの宮殿にふさわしいように設計されているという。しかも、蘇我革命の非常時を想定して警戒は厳重をきわめており、二人で殴りこみをかけるなど、無謀をとおりこして滑稽(こっけい)そのものである。
とすれば、入鹿が甘樫丘からおりてきたあとの時点で襲撃するしかないのだが、実地に飛鳥川沿いの道を点検しても、成功が見込める場所はどこにもないというのが、網田のだした結論だった。
「ここに十の一つでも可能性があれば、おれはやる。やりたい。きのうも日が暮れてから歩いてみた。白昼にわれわれが隠れておれるとしたら、あの槻(つき)の大木の陰しかないが、飛びだしたとたんに蘇我兵にとりまかれてしまうにちがいないんだ」
「だとしたら、この戦(いく)さはなんのためだ」
子麻呂(こまろ)にしても、そこのところがわからない。二人の命を犠牲にしたうえに、いたずらに警戒をつよめさせるだけではないかと思うのである。
「おい、帰りをねらうのはどうだ」
子麻呂が考えていると、網田がいま思いついたようにいった。しかし、皇居板蓋(いたぶき)の宮から入鹿が帰っていく帰路については、まえにも同じことを俎上(そじょう)にあげて検討したことがあり、結論はでているはずである。
「そうか、行きも帰りもだめか」