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【青雲の大和】(86)契りの朝 (1/2ページ)
はっとして子麻呂(こまろ)は瞳をあげた。
手の届きそうなところに、灯火をうけた中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の若々しいひきしまった顔があり、鋭い視線が子麻呂に注がれていた。
われに命をあずけてくれぬかという、そのことばの意味するものは子麻呂にはわからない。しかし、なにか非常な覚悟を中大兄が、子麻呂と網田(あみた)の二人に迫ってきているのは確かだった。
−−皇子(みこ)はついに蘇我(そが)打倒を決意されたのだ。
と思った。そのさいの重要な役を二人にあたえようとされているにちがいなかった。
もとより子麻呂は鎌足(かまたり)の配下についたとき、みずからの命をあずけたつもりである。その鎌足が中大兄を主君にえらび、ともに起(た)とうとしているのであれば、子麻呂の命は鎌足の主君である中大兄にささげることになって当然であった。
ただ、中大兄がなにを命じようとされているのかが、子麻呂にはわからなかった。鎌足とは、蘇我を倒し大和を唐にも負けない立派な国にするということで、主従の関係がなりたっている。そこへ一段高いところから、中大兄がどんな指令をくだそうとされているのか。
「戊申(ぼしん)の日、知ってのとおり三韓進調(しんちょう)の儀がある」
中大兄は子麻呂、網田の眼をみすえて話をつづけた。戊申の日とは、六月の十二日である。
「その日、ある人物が参内してくる。その者を二人で倒すのだ」
瞬間、網田が大きな体をふるわせた。
ある人物とは、蘇我入鹿(いるか)そのひとであることはわかっている。
子麻呂にも一瞬の間(ま)をおいて、ふるえがきた。いよいよである。
「敵勢力は強大である。たとえ汝(いまし)らが首尾よくその者を倒しても、われらが勝利するとはかぎらない。命をあずけてくれとは、そういう意味である。どうだ、やってくれるか」
子麻呂は平伏し、受諾の意思をあらわそうとした。
そのとき、網田がぱっと床に手をつき、中大兄を仰ぎみて大胆にも質問をはじめた。
「まことに畏(おそ)れ多いことながら、ひとつだけお教えねがいとうございます」