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【青雲の大和】(80)死を賭して (1/2ページ)
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予期せぬ質問だった。
津守(つもり)は一瞬虚をつかれ、答えにつまった。
軍善(ぐんぜん)は二年まえに、百済(くだら)使節団の副使として来朝して、そのまま大和にとどまっている男で、なにをやっているのか、得体の知れないところがあった。
その者から、大和の天皇は三韓進調(しんちょう)の儀を承知しておられるのかと、問いかけられたのである。
「いや、まだ奏上しておらぬゆえ……」
津守が口ごもると、
「天皇が関知されぬことで、百済は調(みつぎ)をさしだすわけにはまいらない」
と、斬りこんできた。
「蘇我(そが)の臣(おみ)か大臣(おおおみ)か知らぬが、そのような方のために百済は古来、大和に調をさしだしてきたのではない」
と、いうのである。
なぜ、この男がこれほどつよく蘇我勢に反感を示すのか、おそらくそれは二年まえの事件のせいであろうと思われる。
隣国、新羅(しらぎ)と宿命的ともいえる戦いをつづけている百済は二年まえ、大和が新羅に軍事的に肩入れすることのないよう、従来にもまして高価な調の品々をはこんできた。
ところが、調を積んで難波(なにわ)の港に停泊している百済船に、いきなり蘇我系の重臣たちと部下が小舟で乗りこんできた。いわゆる臨検である。
「津守どのは大使として高麗(こま)へ行かれ、まだ帰っておられなかったのでご存じないと思うが、それはひどいものでありました」
軍善はそのようにいって、蘇我の臨検のもようを憎々しげに述べたてた。
「まず、蘇我の大臣への調はどれか、というのです。調というものは大和の国家、いいかえれば天皇に忠誠をあらわすためにあるものです。なぜ、蘇我に調をはこんでこなければならないのか。まして蘇我はわが宿敵、新羅を支援してきた勢力ではありませんか」