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【青雲の大和】(63)政略の夜 (1/2ページ)
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「なに、男に偸(ぬす)まれたと?」
鎌足(かまたり)は思わず声を荒らげていた。
今上(きんじょう)の天皇の長子である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)との結婚が、正式に決まったばかりの娘である。
「かどわかされたのですか」
拉致か、誘拐か、と鎌足は思ってみた。偸まれた、と山田麻呂(やまだのまろ)がいう意味がよくわからない。
「いえ、そうではありませぬ」
麻呂は首をたれ、また太い吐息をついた。
「では、どうしたといわれるのか」
長い沈黙があって、ようやく麻呂はことの次第を話しはじめた。
山田麻呂の長女、造媛(みやつこひめ)には愛人がいた、というのである。
父親である麻呂は、そのことをまったく知らなかったらしい。ただただ、若い皇子(みこ)から求婚があったのがうれしく、娘には妃(みめ)になる心得やら衣装、言葉遣いといったことまで細々(こまごま)といってきかせるばかりで、娘の気持ちなど測ってみようともしなかった。
「いまにして思えば、どことなく沈みがちで、なにかに悩んでいるようではありましたが、もともとそういうたちの娘でして、こちらとしてはあまり気にしていませんでした」
ところが、その娘がなにも告げずに屋敷から姿を消してしまったのである。
麻呂は家中の者を総動員して心当たりを捜させたが手がかりはなく、途方にくれているところへ、一族の者から情報がはいった。
「ちょうど同じころに、わが族(やから)の者一人がいなくなっているというので、調べてみますと、娘を馬に乗せて吉野(よしの)のほうへ逃げていくのを確かにみたという者があらわれました。もう、まちがいございません、娘は……」