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【青雲の大和】(49)闘士帰る (1/2ページ)
津守(つもり)は高句麗の王城(平壌(へいじょう))で、大和の勅使として泉蓋金(いりかすみ)に会っている。飾りものにすぎない高句麗王に謁(えつ)するよりさきに、政治、軍事のすべての実権をにぎっているこの最高権力者に大和側の意をとおしておく必要があったからである。
先代の栄留(えいりゅう)王を殺害して権力をうばった政変から、一年近く経(た)ったころである。うわさでは宮中で王を殺したとき、彼は王のからだを斬り裂いて溝に投げすてたといわれており、そのときの大刀をはじめ五本の刀剣をつねに身に佩(はい)しているので、彼にまみえる者は恐ろしくて眼をむけることができないということだった。
しかし会見に臨んで、津守はその人物をあえて正面から直視した。われは大和の天皇の使者であるという自負がある。国王でもない者をまえに、ひれ伏すわけにいかない。
みると、なるほど眼光は炯々(けいけい)として、常人にないぶきみな色をにじませているが、話にきくほどには残忍な感じはしなかった。佩しているのは、黄金の柄頭(つかがしら)の大刀が一本のみ、うわさは半分もあたっていない。
大和の勅使である津守に対して、彼は真っ向から斬りつけるように話しだした。通事(通訳)がほとんど口をやすめるひまがないほどの、まくしたてるような弁舌である。
その主旨はつまりは、高句麗の東部国境を侵している新羅(しらぎ)をゆるしてはならず、大和においても新羅に強圧をくわえてもらいたい、というものであった。
大国、唐はいま、皇帝李世民(りせいみん)みずから高句麗征討に乗りだすかまえで、華北の軍事拠点には開戦にそなえて食糧、兵器、攻撃資材などが大量にたくわえられ、山東(さんとう)半島の港には数万の兵をはこべる軍船が係留されているという。
「津守どのにおききしたい。泉蓋金のわが国への要望に対して、あなたはどう答えられたのかということだが、さしつかえなければ会談の内容をきかしていただけぬか」