ニュース: 文化 RSS feed
【青雲の大和】(42)槻の広場で (1/2ページ)
いまのところ古人大兄(ふるひとのおおえ)は、入鹿(いるか)が自分を皇位につけてくれるものと信じている。
入鹿はそれをひとつの理由にして、山背大兄(やましろのおおえ)を一族もろとも死に追いやったのであるから、古人大兄が入鹿を信じ、入鹿の権力にたよろうとするのも、むりはなかった。
しかし考えてみれば、古人大兄の立場は斑鳩(いかるが)で死に追いやられた山背大兄のそれと、ほとんどかわらないのである。
先帝(舒明(じょめい)天皇)の皇子である古人大兄は、母方でみればかつて絶対の権力をふるったあの蘇我馬子(そがのうまこ)の孫であり、入鹿の従兄弟(いとこ)である。
聖徳太子の子息である山背大兄もまた、母方では蘇我馬子の孫で、入鹿とはやはり従兄弟だった。
が、蘇我にとってその存在が邪魔だとなれば、なんのためらいもなく一族もろとも死に追いやってしまうのが、入鹿のやりかたである。
いまの情勢では、入鹿は公言しているとおり古人大兄を皇位につけるであろうが、それはあくまで暫定措置にすぎないことを古人大兄は知らねばならない。ときがくれば入鹿は、みずからが皇帝になる、これが入鹿のねらう蘇我革命である。
そのとき皇位にある古人大兄の運命は、どうなるのか。蘇我馬子が甥(おい)にあたる泊瀬部(はつせべ)の大君(崇峻(すしゅん)天皇)を皇位につけたあと、蘇我権力にとって都合がわるくなると、配下の倭漢(やまとのあや)の者を使って白昼の暗殺という恐るべき手段で命をうばってしまった。同様のことが、古人大兄の身におこるとみなければならない。
それを知ってなお、古人大兄は蘇我勢に担がれる道を選ぶかどうかである。
鎌足がもし入鹿の狙うところをひそかに古人大兄に告げるなら、臆病なところのある古人大兄は、おびえてすぐに蘇我勢からはなれようとするにちがいない。そのとき、反蘇我の勢力が形成されているならば、そちらへ身をよせてくるだろうことは眼にみえている。
−−その日がきっとくる。