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【青雲の大和】(40)槻の広場で (1/2ページ)
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鎌足(かまたり)はこの時点で、軽皇子(かるのみこ)をはっきりと見限った。
殿上に飾っておくにはいい。情勢によっては、それなりの地位についていただくことになるかもしれない。
しかし、鎌足がめざす大和の改革で先頭きって敵陣に斬りこみ、刃向かう者は容赦なく叩き斬るといった果敢な荒業が、あの色白の、どちらかといえば神経の細い皇族にやれるわけがなかった。
むろん鎌足自身、そうした英雄的資質がそなわっているとは思っていない。むしろ前線から一歩身をひいて、じっくりと戦略を練りあげ、背後から全体を動かしていくのが自分にふさわしい役柄であることを知っている。必要とあらば、権謀をもって敵をあざむき、おとしいれることも辞さないつもりである。そのために十代から、あらゆる兵書を読破し、あの太公望(たいこうぼう)が叙述したといわれる「六韜(りくとう)」などは、重要なところはすべて諳(そらん)じていた。
自分がそのような重厚、鈍重な知謀型の人間であるから、ここはどうしても天駆けるような英雄的人物を頭(かしら)に戴(いただ)きたい。そうしてはじめて師の教えどおり、この大和を理想の国家に改革する事業を実現することができるのである。
軽皇子をみすてた鎌足は、ついで入鹿(いるか)が皇位につけようとしている蘇我系皇子の古人大兄(ふるひとのおおえ)に眼をむけ、接触をとりはじめた。
蘇我系であれ、入鹿の意中のひとであれ、さきの条件にあう人物であれば、眼をつぶってとびこんでみるつもりだった。真実、このひとが大和の改革の先頭に立ちうる力量があるのなら、どんな手を使ってでも蘇我勢からもぎとってみせる。そんな思いで鎌足は、古人大兄の広大な邸宅にでかけていった。