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【青雲の大和】(30)斑鳩の惨劇 (1/2ページ)
山背大兄(やましろのおおえ)を救いだすには、あるいはそんな手しか残されていないのかもしれない、と子麻呂(こまろ)が思いはじめたときである。
「いや、ならぬ」
ゆっくりと間(ま)をとってから、鎌足(かまたり)が口をひらいた。あたりをふるわすような強い調子だった。
網田(あみた)は叱責(しっせき)を浴びたように、身を縮めている。
「山背大兄は生駒(いこま)を下りたというが、いまどのあたりにおられるか、わかるか」
問われて子麻呂は、急いで答えた。
「そろそろ竜田(たつた)川あたり、と思われますが」
子麻呂が生駒でわかれて、ひとり駆けもどってきたとき、山背大兄は側近の三輪(みわ)、舎人(とねり)の田目(ため)、そして菟田諸石(うたのもろし)ほか多数の従者にまもられて、山すそまで下りてきていた。それからほぼ一昼夜が経(た)っている。いまは斑鳩(いかるが)まで半日ほどのところにきているとみなければならない。
「ならば、もう手は打てぬ」
鎌足は突き放すようにいった。
「いたわしいことではあるが、大兄皇子(おおえのみこ)にはこのさい身を捨てていただこう」
「ではもう、お救いできぬということでございましょうか」
鎌足の口から、なにかの新しい策がでてくるものと思っていたらしい網田は、歯軋(はぎし)りするような調子でいった。
「さよう、もし汝(いまし)ら二人が決死の覚悟でとびこみ、山背大兄の御身(おんみ)をむりやり強奪してくるというのなら、いまでもまだ、あるいはお救いできるかもしれない。そうして東国へ逃れていただくなら、蘇我(そが)の手はしばらくは及ばないであろうから」
納得しかねる網田の顔に眼をすえて、鎌足は諭すように話しだした。
「しかし、御身を東国に移し、天下によびかけて決起するというのは、やはりこれはやってはならないことである。山背大兄ご自身が気づいておられるように、乱をよび、民を苦しめ、国家のゆくえを誤らせることになるからだ、わかるか」