MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース: 文化 皇室学術アートブックス囲碁将棋写真RSS feed

【青雲の大和】(15)入鹿と鎌足 (1/2ページ)

2008.1.8 17:53
このニュースのトピックス青雲の大和

 鎌足(かまたり)の進言に愁眉(しゅうび)をひらいた面(おも)もちで、三輪文屋(みわのふみや)が生駒(いこま)に帰っていったあと半日経(た)って、斑鳩(いかるが)の状況をさぐりにいっていた佐伯子麻呂(さえきのこまろ)が馬を駆(か)ってもどってきた。

「蘇我(そが)の焼き打ちにより山背大兄(やましろのおおえ)、あえなく焼死して果てられました」

 住吉(すみのえ)の大伴(おおとも)邸にとびこんできた子麻呂は、大伴の当主、長徳(ながとこ)と鎌足のまえにひざをつき、眼を怒らせて報告した。

「なんだと」

 長徳が顔色を変えた。

「汝(いまし)、それ確めてみたか」

「総大将の巨勢徳太(こせのとこだ)どのが大殿(おおとの)の焼け跡で確認したそうであります。まちがいなしとして、けさ、いっせいに兵をひき、いまは斑鳩の宮に蘇我勢は一兵も残っておりません」

 驚愕(きょうがく)の眼をみひらいて、長徳が鎌足をみた。鎌足はしずかにそれを抑え、

「くわしく説明してもらおうか」

 と、子麻呂にむかい、

「蘇我が斑鳩の宮を急襲したとき、山背大兄は大殿のなかにこもっておられたというわけだな」

 と、きいた。

「そのようです」

「蘇我兵が火を放ったのは?」

「きのう、十一月一日の夜であります。わたしはもちろん、みておりませんが」

 子麻呂がここ住吉の大伴邸を馬でとびだしていったのは、昨夜、かなり遅くなってからである。

「大殿が焼け落ちたあと、わたしは斑鳩に着きました。巨勢どのは夜が明けるのを待って、みずから現場に足をはこび、確認されたということであります」

「なにを確認したのか」

「大兄皇子(おおえのみこ)のご遺体です」

「ご遺体そのものが、焼け跡に残っていたというのか」

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。