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【青雲の大和】(10)入鹿と鎌足 (1/2ページ)

2008.1.5 09:30
このニュースのトピックス青雲の大和

 出立(しゅったつ)の準備ができると、鎌足(かまたり)は仮眠をとっている子麻呂(こまろ)を起こさせ、夜明けとともに三島(みしま)の別業をでた。

 淀川(よどがわ)までは、ゆるやかな坂道である。

「このまま飛鳥へもどられますか」

 子麻呂がきいた。

 飛鳥へ直行するなら、淀川の対岸へ船でわたり、河内(かわち)、山背(やましろ)の野を突っ切って奈良山(ならやま)をこえて行く手がある。馬ならこちらのほうがはやい。

「いや、まず住吉(すみのえ)へ行こう」

 鎌足はいった。住吉の大伴(おおとも)邸である。

 入鹿(いるか)が大伴抱きこみにかかっているということが、鎌足には気になっていた。

 なにをねらっての調略か、それは知らない。しかし、飛鳥の朝廷を支える大氏族のうち、大伴さえ抱きこんでしまえば、いまの蘇我(そが)の力からすれば、あとは庭の小石を動かすように思いのままである。

 巨勢(こせ)、葛城(かつらぎ)、境部(さかいべ)といったところは、もともと蘇我と同系であるか、分家筋にあたっている。とすれば、古来、天皇家に直属して天皇家をまもってきた古豪の大伴だけが、蘇我には問題なのである。

 その大伴の当主、長徳(ながとこ)であるが、鎌足はかならずしも全幅の信頼をおいているわけではなかった。母の兄、つまり伯父にあたるが、権力をにぎる蘇我勢への距離の取り方に汲々(きゅうきゅう)としているところがある。蘇我から圧力がかかれば、はたして突っぱねることができるかどうか。

 船で淀川をくだり、難波(なにわ)の官道を急いで住吉の大伴邸にはいると、まっさきに長徳にむかって問いただしたのはそのことだった。

「蘇我に加担しろとは、さて、入鹿はなにをいってきたのですか」

「つぎの大君に古人大兄(ふるひとのおおえ)をたてる、ということであった」

 長徳はゆううつそうな渋面をつくっていった。

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