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【青雲の大和】(6)急襲 (1/2ページ)
臨時部隊の総大将として、巨勢徳太(こせのとこだ)がそこに現れたということは、なにを意味しているのか。網田(あみた)には、この軍事行動にかける蘇我(そが)の意図がつかめていなかった。
巨勢徳太は冠位十二階の第二位、小徳(しょうとく)をいただく重臣のひとりで、蘇我勢のなかでは抜きんでた実力をみとめられている人物である。
その男が、たかだか三百人程度の部隊の指揮を執るというのは、異様であった。
それにもまして奇異な感じをあたえたのは、副将として豊浦(とゆら)の宮の正殿わきにでてきた土師猪手(はじのいて)である。
冠位は小徳につぐ第三位の大仁(だいにん)をいただいているので、大将とのつりあいはとれているというものだが、なんといっても、土師は七十歳に手がとどくほどの高齢である。若い網田からみれば、祖父と同じ世代の老練な人物が、いまなぜ第一線にでてきたのか。
これがたとえば新羅(しらぎ)征討軍の大将軍というのであれば、わからないでもなかった。七十代の大物をかついで大氏族の連合軍を統括させるといった例が、過去にあったときいている。
しかし、いまは海外出兵でも蝦夷地(えぞち)鎮定でもなく、ごく小規模な兵の動員にすぎない。
壮年の大将、老年の副将が炎に照らされて壇上に並び立ったあと、巨勢徳太が三百人の兵にむかって軍令を発しはじめた。
「われらはいま、大臣(おおおみ)の指令により、世の安寧をさまたげる元凶を絶つべく立ちあがった。これより夜を徹して進軍をはじめる。将兵あげてわが命(めい)にしたがい敵を討て」
なにをいっているのか、網田にはさっぱりわからなかった。はっきりしているのは徹夜の行軍がはじまるということだけで、どこへむかうのか、どんな敵を討つのか、それさえ具体的にはなにも示されていないのである。