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【わたしの失敗】数学者・藤原正彦さん(64)(4)

2007.12.14 02:33
このニュースのトピックス天気

 ■父の誘い断り続け

 小中高を通して最も苦手としていたのが国語だったという。「母国語こそが文化の中核」と、常々主張するのを聞くと、意外な気がするが…。

 「特に『問題文の中で筆者は何を言いたいのか』を答えるのが納得できなかった。ぼくは自分の感性を信じて生きているから、他人がどう思おうと関係ない。いつも“正答”からはほど遠かった」

 そんな息子の言い分を父で作家の新田次郎は尊重し、「ほめて才能を伸ばしてくれた」という。著書『若き数学者のアメリカ』の原稿もまず父に薫陶を受け、あれよあれよという間に出版の運びとなり、30年を経たいまでも名著として読み継がれている。

 中央気象台(現気象庁)に入庁し、富士山観測所の勤務経験もある新田は、執筆の合間を縫ってよく息子を登山に誘ったという。だが一度も応じることなく、新田は昭和55年、67歳で急逝した。

 「電車に父と並んで座って『新田次郎さんとその息子さんでしょ。そっくりね』なんて言われるのを想像して、どうしても気が進まなくてね。極力断っていた。ものすごく悔やまれます」

 父の死後、妻の美子にすすめられて登山を始めた。毎年夏、新田の故郷である信州に出かけ、家族で山に登るのが藤原家の恒例行事になっている。

 「途中、車窓から甲斐駒ケ岳の雄姿が見えると、『あの峰のあたりで、こんなドラマがあったんだよ』なんて熱っぽく語る父の声が聞こえてきそうでね。煙たがらずに、もっといろいろ聞いておくべきだった」

 長年温めてきた思いがある。父の未完の遺作『孤愁−サウダーデ』を書き継ぎ完成させること。「命を削って全身全霊を傾けた小説。さぞ無念だったろうと。必ず恨みを晴らしたい」。取材現場を歩き、新たな資料収集につとめ、完成を目指している。

 父が亡くなったときの年齢に近づくにつれ、少し心境に変化が現れた。「敵討ちみたいな気持ちが薄れて、父の名を汚すことなく満を持して世に出したい、と」。

 風貌も性格も父にそっくり…。そう言われることが、いつしか自身の勲章となり、胸の内で輝いている。=敬称略(文 中島幸恵)

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