MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

ニュース: 文化 皇室学術アートブックス囲碁将棋写真RSS feed

20世紀の「美」のゆりかご バウハウス展に行こう! (1/2ページ)

2008.5.6 10:06
このニュースのトピックス美術・芸術

 「バウハウス」と聞いて、何を思い浮かべるだろう。デザインに興味のある人なら、連想するのはコンクリートとガラスのモダニズム建築、あるいは機能美を追求した家具…だろうか。けれども、それらはバウハウスが残したひとつの側面にすぎない。

 バウハウスは第一次大戦後の1919年、ドイツ・ヴァイマールに設立された造形美術学校だ。敗戦の社会的混乱のなか、同校は25年にデッサウ、32年にベルリンへの移転を余儀なくされ、ナチスが政権を掌握した33年には解散してしまう。活動期間はたった14年だった。だが、その伝説は生き続け、21世紀に生きる私たちの興味をかきたてる。バウハウスなくして、20世紀の建築、工芸、写真、デザインを語ることはできない。

 その「すごさ」の一端は、教授陣の顔ぶれからうかがえる。

 創設者で初代校長は建築家、ヴァルター・グロピウス。バウハウスの象徴で、世界遺産に認定された「バウハウス・デッサウ校舎」は彼自身が設計したものだ。ほかにも画家のカンディンスキーやクレー、建築家のミース・ファン・デル・ローエら、きら星のようなクリエーターが教鞭(きょうべん)をとり、分野を超えて新しい理念を広めていった。

 彼らが目指したのは、当時の先端技術と芸術の融合だった。機能美、造形美を追求し、最終的な造形物として建築を置いていたという。ちなみにバウハウスの「バウ」はドイツ語で建築を指す。

 不幸にしてバウハウスが閉校した後、教授陣やその薫陶を受けた生徒たちは、米国をはじめ世界中に散り、その理念や教育方法などを広めていった。時代に翻弄(ほんろう)されながらも、バウハウスは20世紀の「美」のゆりかごとなり、そこから生まれたデザインはいまなお、私たちの生活を彩っている。

このニュースの写真

【写真劇場】「バウハウス・デッサウ展」  「アム・ホルンのバウハウス実験住宅」の居間タンス(1923年設計/2007年修復、復元)。当時学生で、後に教師になったマルセル・ブロイヤーがデザイン。使いやすいよう、パーツごとに目立つ色で塗り分けられている。実験住宅は、1923年にヴァイマールで開かれた「バウハウス展」の目玉だった。教師、学生が一丸となって設計・内装を手掛け、教育成果を内外に示したという
バウハウス・デッサウ展。キュレーター(学芸員)のブルーメ・トルステン氏(右)を講師に迎えてワークショップが開催された =26日、午後、東京・台東区の東京芸術大学 (小野淳一撮影)
PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。