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【私のおしゃれ学】建築家・隈研吾さん 「場の記憶」たぐる面白さ (1/3ページ)
このニュースのトピックス:「SANKEI EXPRESS」から
「服を見ると、買った場所を思いだすんだよね。これはコモ湖のほとりで買った、シチリアのあの店で見つけた、とか。大都会にいると時間がないせいか、旅先でふらっと服を買うことがよくある。場所の記憶が結びつくのは、服も建築も同じかもしれない」と語る建築家の隈研吾さん(大石一男撮影)。【衣装協力】ジャケット&シャツ=Cifonelli(チフォネリ)、パンツ=J.PRESS(J.プレス)建築家の仕事とは「テニスのサーブを受けるようなもの」だという。まず施工主がいて、使う人々がいる。周囲の環境とも調和しなければならない。「どうリアクションできるか。それこそが建築家の表現であり、挑戦だと思うんだ」
建築は受け身であれ。その持論は自著『負ける建築』(2004年)に詳しい。自らサーブを打つ、つまり周りを圧倒し屹立(きつりつ)する20世紀型の「勝つ建築」ではなく、今求められているのは外の力を受け入れる「負ける建築」だと説いた。建築はもっと弱く、柔らかくなれないか、という問いかけは、大きな反響を呼んだ。
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実際のところ、隈建築は不思議だ。一見モダンで端正で、背筋がすっと伸びる感じ。しかし、次第にじわじわ柔らかく温かく、身体を包み込んでくる。
昨年、東京ミッドタウン(東京都港区)に開館したサントリー美術館は、その好例だろう。外観は白磁の縦格子、内部は桐材や手すき和紙が多用され、古美術の展示品によく馴染(なじ)む。また、可動式の「無双格子」から差し込む光が優しい。
そして何より、「場の記憶」が息づいている。「ウイスキーの樽(たる)を床材に再利用したのです」。日本の伝統、そして企業の歴史に、現代建築がきちんと応えている。
「建築だけ独立しても良さは出てこない。でも、うまく共鳴すれば、建築って何倍も良く感じられるのです」
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