ニュース:文化 RSS feed
五・一五前夜のチャプリン 「皇居前の一礼」の謎に新事実 (1/2ページ)
昭和7(1932)年に来日した世界の喜劇王、チャールズ・チャプリン(1889〜1977)が「五・一五事件」の前日、皇居前で一礼したのは自身を守る“演出”だった−。親日家でありながら外国勢力打倒をかかげる軍人らの標的にされたチャプリンを守るため、皇居訪問を最優先させるなど、秘書やその知人らが訪日の行動計画をたてた手紙が、研究者によって発見され、11月30日発売の著作で明らかにされた。「単なるアピール?」「不審な車につけられたため、襲撃を避けるのが目的だった?」など、その意味が明かされず謎とされた「一礼」が、チャプリンの“世紀の名演技”だったことを裏付ける貴重な資料という。
手紙は、日本におけるチャプリン研究の第一人者、大野裕之・日本チャップリン協会会長がチャプリンの秘書、高野虎市(1885〜1971)の遺品などから発見した。大野氏は、これらをもとに、先月30日、「チャップリン暗殺 5・15事件で誰よりも狙われた男」(メディアファクトリー)を上梓した。
この著作などによると、元陸軍少将の作家、櫻井忠温(ただよし)から高野にあてた手紙は、原稿用紙7枚に書かれ、正確な日付は不明。「最近の日本は騒がしいのでお気をつけください」など日本の情勢の報告とともに、「お早めに東京に来られたほうがいいと思います」「東京でまず宮城(皇居)に行く」よう指示。このほか、撮影所訪問や歓迎会への出席など行動計画が綿密にたてられていた。
欧州やアジアをめぐる世界旅行の途上、5月14日に神戸港に入ったチャプリンは、京都や大阪を“とばして”東京に直行。その夜、ホテルへ行く前にまず二重橋に立ち寄った。「高野が『車から降りて皇居を拝んでください』というので、(腑に落ちないまま)礼をした」と、皇居への訪問を“最優先”させたことを自伝に記している。この「一礼」は当時、新聞などで大きく報じられたという。


