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【わたしの失敗】現代美術家・村上隆さん(45)(2)
■受験でスランプ、記憶飛ぶ
その3日間のことは覚えていない。記憶がきれいさっぱり、抜け落ちている。
20歳のころ、2度目の東京芸大受験を直前にひかえた冬だった。通っていた予備校で石膏(せっこう)デッサンの練習をしていた。ところが、描いても描いても目の前にある石膏像と自分の絵が似ない。描く手は忙しく動いたが、目はうつろ。
「先生にもう帰れ! といわれて、はっと気づいたら家に着いていました。次の日もその次の日も全く何も覚えてない。時間が全部吹っ飛んだ」。生まれて初めて襲われたスランプに、われを見失っていた。
原因は、石膏デッサンを立体的に描き写す部分だった。漫画に親しんで育ったため「絵とは平面的なもの」という基本から抜け出せなかった。そのときは正面顔ばかり訓練させられていた。
「石膏デッサンの横顔は輪郭で簡単に描ける。でも正面顔を描くには立体的な量感が必要。形状を造る根拠に疑問があって、自分自身の中で固定観念と衝突してしまった。しかも制作時間は12時間と短い。すごく悩みました」
失敗は許されないという重圧は、他にもあった。すぐ下の弟が同じく東京芸大を目指していた。経済的な理由から私大受験は不可能。3日後、もう予備校を辞めようと荷物を片付けに向かった。挙動のおかしい村上に気づいた先生は「横顔でも描いていいよ」とうながしてくれた。
解き放たれたようにさっと描けた。しかも以前よりも数段うまく、写真のように。頭ではなく、手が勝手に動いていた。なぜ、描けたのか?
「発想の転換法を学びました。時間は脳や感情がつかさどっているもので、決して時計が作っているものではない。5分だろうが12時間だろうが、できるものはできる。できないときは時間と物事の組み立て方がシンクロしていないということ。時間と心との“距離感覚”を自覚できるようになりました」
今、村上は世界中の美術館やギャラリーで展覧会を開き、分刻みのスケジュールをこなす。「よくスタッフの若い衆に締め切りがきついと泣きつかれるけど時間を自分で手に入れないとだめだとハッパをかけます」
作品が間に合わないということは、あり得ない。一流の、一流たるゆえんだ。=敬称略
文 猪谷千香