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【ちょっと江戸まで】法政大学教授・田中優子 今こそ「縮小の時代」を

2009.10.27 03:01
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 10月1日に拙著『未来のための江戸学』(小学館)を刊行した。江戸時代を知ることにどういう意味があるのか、私たちの近現代は何を乗り越えたのか、あるいは何を克服しそこなったのか、とりわけ、何を捨て何を失ったのか−私は江戸文化を研究しながら、その問いを持ち続けている。この本はそれらの問いに対する、今の時点での答えのひとつとして書いた。

 過去の時代を知る面白さは、異なる価値観や美意識や奇妙な人間たちに出会う驚きの連続で、終わらない旅のようなものだ。戦後生まれの私にとって江戸時代は、どれだけ研究しても驚愕(きょうがく)の異文化なのだ。

 しかし、江戸時代に驚いてばかりはいられなくなった。いったん江戸時代側に立って現代を眺めてみると、それもまた驚きの連続である。食料自給率39%という数字は多く見積もっての話で、飼料や種子や加工食品の原料のことを考えに入れると、米以外はほとんど自給できなくなっている。気候変動、テロ、伝染病、戦争、何が起きても日本人は飢餓に陥る可能性がある。江戸人から見ると、なんと不安な国なのだろうか。子供の貧困は進み、いざというときの受け皿となっていた共同体はもはやない。子供さえ孤立し、親からも他人からも助けてもらえない。江戸人から見ると、何と過酷な国だろうか。

 ようやく政権が交代してまともなCO2削減目標を示し、事業仕分けその他の方法で無駄がなくなり節約できそうだ。最近はほっとしている。しかしいまだに「景気回復」という言葉をお題目のように唱える人々がいる。せっかく江戸時代に苦労して打ち立てた節度に基づく持続可能な豊かさはどこへやら、貧困に直結する「貪欲(どんよく)」はまだ健在だ。数カ月前まで「金を使えば豊かになる」という信仰があったことに、江戸人ならびっくりするだろう。

 江戸時代には、未来につなげたい考え方がいくつかある。そのひとつは「持続可能な豊かさ」である。「経済」という言葉が「経世済民」の意味であることはすでにこの欄で書いた。その経済の理念を実現すべく、必要を満たしながらも配慮と節度をもって使いさえすれば、自然は永遠に持続可能な豊かさの源泉だった。質素倹約こそ、豊かさの基本なのである。貪欲と浪費はたちまち「貧しさ」に直結する。私たちの時代は、貧しさの直前まで来ている。

 もうひとつ未来につなげたいことは「因果関係」への鋭敏さである。今自分がおこなっていることや日々の生き方は、数年後数十年後にどういう結果となって現れるのだろうか。今が過去の結果であり、同時に未来の原因であるとすれば、今日をどのように生きるべきか。そういうことに意識的であれば、なりふりかまわぬ競争はできなくなり、勝ち負けはどうでもよくなる。大事なのは生き方だからだ。だからこそ、江戸時代は明治になって否定されたのだろう。

 江戸時代とは、拡大主義の戦国時代を乗り越えるために出現した「縮小の時代」であった。社会を縮小しながらうまく治める方法こそ、今の私たちに必要なものだ。縮小社会には、それに合った技術や循環システムや仕事がある。『未来のための江戸学』は、それを発見するために書いた本である。(たなか ゆうこ)

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