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【土・日曜日に書く】論説委員・福島敏雄 生誕百年の太宰治
◆60回目の桜桃忌
太宰治がまもなく生誕100年を迎える。桜桃忌の来週19日が誕生日であり、東京都三鷹市の玉川上水から遺体で見つかった日でもある。同棲(どうせい)していた山崎富栄とともに入水(じゅすい)を図ったのが昭和23年6月13日深夜だから、厳密に言うと太宰の命日は13日か14日ということになる。
桜桃忌は翌24年から始まったから、今年で60回目となる。こんなに長い間、命日の集いが続いている文学者も珍しいであろう。
2年前の桜桃忌の日、三鷹に立ち寄る機会があり、物見遊山もかねて、太宰の墓がある禅林寺を訪れた。若い男女だけでなく、中高年の参拝者の姿も目立った。読経が始まると、200人ほどに達し、順番に「太宰治」とだけ書かれた墓石の前にしゃがみこみ、合掌していた。
ちょっと興ざめな気分になり、そそくさと山門を出ると、中年の女性たちが「本日! 桜桃忌ガイドツアー 無料」と書かれたチラシを配っていた。今年は空前の禅林寺詣でと、桜桃忌ツアーが繰り広げられるに違いない。
太宰文学はなぜ、これほどまでに読まれ続けているのだろうか。2人の文学者のエピソードを通して考えてみたい。
◆辞去しなかった三島
三島由紀夫が東京大学法学部、吉本隆明が東京工業大学の学生だったころ、いずれも太宰に会っている。三島の場合、エッセー『私の遍歴時代』によると、「これほど私に生理的反撥(はんぱつ)を感じさせた作家もめづらしい」と評したうえで、文学好きの青年たちとともに、「テロリスト的心境」で太宰との酒席に出た。太宰の前に出た三島は「僕は太宰さんの文学はきらひなんです」と言った。
有名な逸話なので、太宰と三島を論じるとき、必ずといっていいほど引用される。だがあまり論じられないのは、この後の太宰の返答である。だれに言うともなく、「そんなことを言つたつて、かうして来てるんだから、やつぱり好きなんだよな」と応じた。
三島は気まずくなって、「そのまま匆々(そうそう)に辞去」したと書くのだが、これは事実に反するらしい。詩人の中村稔が書いた『私の戦後史 戦後篇(へん)』によると、中村もこの席にいた。三島が太宰を否定するような趣旨の発言をしたのを認めたうえで、「座が白けたことは事実だが、それでも、三島氏がその会がおひらきになるまで、一座につらなっていたことは間違いない」と書いている。
東大の同じ法学部生として、会が終わって一緒に深夜の電車で帰ったと続けているから、中村の記憶の方が正しいはずである。
テロリストの心境でタンカを切ったのだから、「匆々に辞去」の方がスジが通っている。なぜ、最後まで残っていたのだろうか。
◆「母性」の哀しさ
吉本は昨年12月発刊の雑誌「東京人」の特集「三鷹に生きた太宰治」で、インタビューに応じている。仲間の学生たちと太宰の戯曲を芝居化することになり、断りをいれるために、三鷹駅近くの屋台で会った。
その時、太宰から「おまえ、男の本質はなんだか知ってるか」と尋ねられた。「わかりません」と答えると、太宰はこう返答した。
「それは、マザー・シップってことだよ」
マザー・シップについて、吉本は「母性性や女性性ということだと思うのですが、男の本質に母性。不意をつかれた」と答えている。吉本は戦前からの太宰ファンである。このエピソードは「東京人」以外にも、繰り返し発言し、書いているから、よほど印象に残ったのであろう。
たしかに太宰文学には、包み込むような母親的な優しさがある。その母親的な優しさに多くの太宰ファンが魅せられ、取り込まれ、読み継がれている。三島が最後まで残っていたのは、その場で太宰がかもしだしている母親的な優しさに取り込まれたためではないだろうか。それとも、「やつぱり好き」だったのかもしれない。
だが母親的な優しさは、本質的には女性しか持ち得ないのだから、男のマザー・シップはしょせん擬制である。2人の情死は、太宰に尽くし続けた山崎が主導的な役割を果たしたというのが「定説」だが、そうだとしたら太宰は、山崎がかもしだすマザー・シップに取り込まれたことになる。
禅林寺の帰りに、東京都文京区の、ある寺を訪れた。昼でも小暗い墓地には「山崎家之墓」という小さな墓石があり、「浄月院富法妙栄大姉 富栄」というかすれた文字が刻まれていた。ひっそりとして、墓参者もいなかった。
子は、いつかは母を見はなす。マザー・シップには、母性の哀(かな)しみという側面もあった。(ふくしま としお)
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