[PR]
ニュース: 文化 RSS feed
【断層】呉智英 それ、いつの時代の話?
このニュースのトピックス:文学・書籍
何年か前になるが、人気女流作家桐野夏生の『グロテスク』を読んで、評判倒れのつまらない小説だと思った。話が長いだけで内容は凡庸、その上日本語がしばしば間違っている。これを読んだのは、辛口の文芸評論家福田和也が絶賛していたからだが、どうも福田は美人には大甘のようだ。もう桐野なんか読まんぞと思っていたが、たまたま「週刊新潮」三月五日号を手に取ると桐野が『ナニカアル』を連載中だ。ざっと読んだが、これが前にもましてひどい。
『ナニカアル』の主人公は小説家林芙美子。時代は昭和十七年、戦時中だ。林はこう独言を言う。「誰かが起き出して来たら、トイレに行く、と言うしかなかった」。少し後で、一夜の恋人酒井も「トイレに行って、帰って来た振りをして」と、これははっきり声に出して言う。
昭和十七年に「トイレ」なんて言葉があったか。便所、御不浄、手洗い、だろう。英語は敵性語だぜ。「トイレ」が広まったのは昭和四十年頃からだ。
めちゃくちゃだな。あきれながら、ふと挿絵(牧野伊三夫)を見て、またびっくり。昭和十七年当時の東アジアの地図だ。ご丁寧に旭日旗が添えてある。日本占領下のシンガポールは当然「昭南」となっている。その上方に目をやると「中国」だって。支那を「中国」と言えと外務省局長通達で「理屈抜きに」強制されるようになったのは昭和二十一年のことだ。むろん背後には米占領軍の力がある。戦前「中国」と言えば、日本人全員が広島や岡山のことだと思った。小説もひどいし挿絵もひどい。国語辞典や文学事典も出している「文芸の新潮社」大丈夫か。(美人にも辛口の評論家)
[PR]
[PR]