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【次代への名言】12月26日・伊能忠敬
■「天文暦学の勉強や国々を測量することで後世に名誉を残すつもりは一切ありません。いずれも自然天命であります」(伊能忠敬(いのう・ただたか))
「寒冷で湿気の高いなか、奥西別(北海道のほぼ東端)まで往復したにもかかわらず、みな病気もなく江戸へ帰還できたこと、君命と祖神の霊のご守護によるものでございます」−。それまでの実務的な記述に感傷がのぞいた。寛政12(1800)年10月21日、伊能忠敬の日記の一文である。旧暦で同じ年のきょう、忠敬は測量結果をもとにした地図を提出する。その精巧さに驚いた徳川幕府は忠敬に全国の測量を命じ、20年の歳月をかけて完成した日本地図は半世紀後、来航した欧米諸国を驚嘆させることになる。
前半生の忠敬は有能な商人だった。下総・佐原(千葉)の豪商の婿養子となった彼は身代を30万両相当(数百億円)に拡大し、49歳で家督を息子に譲ったのだが、一つまた驚くことがある。「人間(じんかん)50年」の時代に、彼が私財を投じて天文学や測量術を習得したのは隠居の後、しかも当代一流とはいえ、親子ほどに年の差のある学者を師と仰いだのだ。
冒頭のことばは名声を追いがちな跡取りを戒めた手紙にある。「自然天命」とは「自分ではなく人類のための使命」と言い換えてよいだろう。忠敬がそれを見付けることができたのは、彼にとっても、後世にとっても大きな幸せだった。
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