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【試行私考 日本人解剖】第3章 ルーツ 沖縄の謎(2) (1/3ページ)

2008.9.22 07:57
鹿児島県・種子島の弥生〜古墳時代期(広田弥生人)、中世、近世の人骨(左から)。「本土人の遺伝的影響で、時代を経るにつれて長顔になる」と竹中正巳・鹿児島女子短大准教授。広田弥生人は沖縄貝塚時代人に似ており、沖縄の人たちも同様の変化をたどった可能性もある(南種子町教委提供)鹿児島県・種子島の弥生〜古墳時代期(広田弥生人)、中世、近世の人骨(左から)。「本土人の遺伝的影響で、時代を経るにつれて長顔になる」と竹中正巳・鹿児島女子短大准教授。広田弥生人は沖縄貝塚時代人に似ており、沖縄の人たちも同様の変化をたどった可能性もある(南種子町教委提供)

 ■形質変えた本土人移住

 ≪本土縄文人と同郷?≫

 丸い頭(短頭)、寸詰まりの顔(低顔)といった本土縄文人の特徴をさらに極端にし、小柄にした縄文〜弥生時代(貝塚時代)の沖縄人たちについて、さらに見ていきたい。

 縄文時代の関東や東北地方には、「M7a」というミトコンドリア(mt)DNAの型をもつ人々がいた。このM7a集団については、「黄海から東シナ海にかけての地域で生まれ、旧石器時代終わりから縄文初頭にかけて琉球列島経由で本土に拡散した」(篠田謙一・国立科学博物館研究主幹)可能性が指摘されている(「DNAでみる縄文人(3)」)。

 沖縄貝塚時代人が、琉球列島を経由したM7a集団の子孫だとすれば、M7a型の本土縄文人とは「同郷集団」で、沖縄方面を源郷とする縄文人の存在も裏付けられことになる。

 土肥直美・琉球大准教授は「その可能性も考えられるが、確実なことはいえない」と話す。貝塚時代人は、彫りの深い顔つきが本土縄文人と似ている。本土縄文人よりさらに小柄で短頭性や低顔性が強いことも、過酷な島の生存環境に適応した結果と考えれば両者の近縁性は否定されないという。

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鹿児島県・種子島の弥生〜古墳時代期(広田弥生人)、中世、近世の人骨(左から)。「本土人の遺伝的影響で、時代を経るにつれて長顔になる」と竹中正巳・鹿児島女子短大准教授。広田弥生人は沖縄貝塚時代人に似ており、沖縄の人たちも同様の変化をたどった可能性もある(南種子町教委提供)
「浦添ようどれ」出土の人骨(浦添市教委提供)
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