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【試行私考 日本人解剖】第3章 ルーツ 沖縄の謎(1) (1/3ページ)
■「縄文人と近似」説の見直し
≪実は「のっぺり」≫
日本人は、縄文人と渡来系弥生人が混血して形成されたとする二重構造論。地域によって、その混血の度合いには差があり、1980年代後半から90年に提唱された当時の二重構造論では、渡来系弥生人との混血が少なく、縄文人的な特徴を色濃く残しているとされたのが北海道アイヌと現代沖縄人だった。
顔立ちが平坦(へいたん)な渡来系弥生人に対し、ヨーロッパ人に劣らず彫りが深い縄文人。沖縄にも、南方系を思わせる「濃い」顔立ちの人が多い。二重構造論が、縄文人の起源は南方で、国内では沖縄本島で見つかった約1万8000年前の後旧石器時代の人骨「港川人」が先祖−としたことと相まって、「沖縄人は縄文人的」という説は支持された。
「私も当初、沖縄に行けば彫りの深い顔付きの骨をたくさんみることができると思っていた」と話すのは、土肥直美・琉球大准教授。90年代前半に同大に赴任すると、さっそく沖縄、先島諸島の風葬墓に眠る近世から近代の数百体の人骨を観察した。が、その予想はすぐに裏切られた。
図1は、土肥准教授らが、沖縄・奄美の近世から近代の人々の鼻や前頭部の出っ張り具合を他の集団と比較したもの(縦横軸とも数値が低いほど平坦、大きいほど立体的)。沖縄集団は、現代本土人よりさらに平坦だった。頭骨の形態小変異による各モンゴロイド集団の類縁関係の分析(百々幸雄・北海道文教大教授)でも、現代沖縄人(南西諸島)集団は、北海道アイヌや縄文人との関係は遠く、弥生時代以降の本土人と同じグループを形成している。
「個体差もあるが、沖縄人集団の顔つきを統計的にみれば縄文人とは似ていない。沖縄人の成り立ちは、提唱当初の二重構造論とは違う説明が必要だと考えるようになった」と土肥准教授。では、現代沖縄人はどのような集団なのだろう。


