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浮かぶ権力者の威光、被葬者論争にも一石 箸墓古墳周濠初確認 (1/2ページ)
最古の巨大前方後円墳、箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)で、大規模な周濠(しゅうごう)が初めて確認された。これまで周濠の明確な痕跡は認められておらず、学界でもその存在を疑問視する声が根強かったが、墳丘を取り巻く壮大な周濠が築造当初から整備されていた可能性が高まり、大土木工事を可能にした被葬者の威光を浮かび上がらせた。古墳に眠るのは果たして卑弥呼か、後継の臺与(とよ)か−。再び邪馬台国へのロマンが広がった。
同古墳の墳丘は宮内庁の陵墓に指定されており、学術目的の発掘調査ができないため、被葬者の納められた石室の構造などは、厚いベールに包まれている。
こうした中、桜井市教委や奈良県立橿原考古学研究所は10年以上前から墳丘の周辺を丹念に発掘。その結果、大規模周濠の存在を突きとめた。市教委の橋本輝彦主任は「60メートル以上という周濠の幅は、実に古墳1つが入るほどの大きさ。周濠によって、被葬者と外部との隔絶性をより明確にしたのだろう」と推測する。
その被葬者はいったい誰か−。中国の歴史書「魏志倭人伝」には、2人の女王が登場する。それによると、呪術を通して君臨した卑弥呼の死後、戦乱が起こったが、卑弥呼一族の女性・臺与を後継に立てることでようやく収束したという。
卑弥呼の死は248年ごろとされるため、箸墓古墳の築造時期こそがカギを握る。しかし、築造年代の根拠となる土器をめぐっては、研究者によって数十年の開きがあり、論争の決着には至っていない。
3世紀中ごろの築造説を採る白石太一郎・奈良大教授(考古学)は「箸墓古墳を造るには10年以上かかり、卑弥呼の墓の時期に合致する」と卑弥呼説を提唱。「周濠などの調査は構造を明らかにする上で極めて重要。国なども本格的に乗り出すべきだ」と強調する。
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