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卑弥呼?それとも後継者? 大規模周濠の一部を初確認 奈良・箸墓古墳 (1/2ページ)

2008.8.27 11:03
このニュースのトピックス歴史・考古学
箸墓古墳の周濠(手前から奧の落ち込み)=6月24日、奈良県桜井市(小畑三秋撮影)箸墓古墳の周濠(手前から奧の落ち込み)=6月24日、奈良県桜井市(小畑三秋撮影)

 邪馬台国の女王・卑弥呼の墓ともいわれる最古の前方後円墳、奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(3世紀後半、全長280メートル)で、前方部の外側から周濠(しゅうごう)の一部が同市教委の調査で初めて確認されたことが27日、分かった。国内最大の仁徳天皇陵(堺市、5世紀、全長485メートル)に匹敵する大規模な周濠が、仁徳陵の200年近く前に整備されていたことを示す極めて貴重な発見で、被葬者論争にも新たな一石を投じることになりそうだ。

 市教委が前方部の南西約70メートルを発掘したところ、長さ約35メートルにわたって「落ち込み状遺構」(深さ1・3メートル)が出土。落ち込みはそのまま前方部の墳丘に向かって広がっていたとみられ、古墳の周囲を大規模に掘削した周濠と判断した。過去の調査とも合わせ、築造当初は幅60〜70メートルの大規模な馬蹄(ばてい)形の周濠が古墳全体を囲んでいた可能性が強まった。

 箸墓古墳ではこれまで、小規模な内濠と内堤の一部が見つかっていたが、周濠の明確な検出例はなかった。大規模周濠は5世紀の大型古墳などにみられ、3世紀の箸墓古墳には存在しないという見方があったが、学説の見直しも迫られそうだ。

 被葬者については、248年ごろに死亡した卑弥呼か、後継の女王・臺与(とよ)との説があり、大規模周濠の発見は被葬者の強大な権力の存在を示し、こうした説を裏付ける証拠になるとみられる。

このニュースの写真

箸墓古墳の周濠(手前から奧の落ち込み)=6月24日、奈良県桜井市(小畑三秋撮影)
箸墓古墳と南西側の発掘現場(ブルーシートの部分)=6月20日、奈良県桜井市(本社ヘリから、大塚聡彦撮影)
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