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【新国語断想】塩原経央 新常用漢字表 言語文化継承に配慮を (1/2ページ)
少し間が開いてしまったが、さる3月末、文化庁の「平成19年度国語施策懇談会」に参加したので、その報告を兼ねて考えるところを述べてみたい。
常用漢字表は昭和56年に当用漢字表に代わって告示された。以来、四半世紀以上を経て一度も見直されることがなかった。その間、情報機器が普及し、表外漢字も簡単に打ち出せるなど書記環境が大きく変化した。実際の文字生活と常用漢字表とが乖離(かいり)してしまったのだ。
そこで、平成17年3月、当時の中山成彬文部科学大臣が文化審議会に敬語の指針とともに情報化時代に対応する漢字政策の在り方について諮問した。
敬語は報告済みだが、漢字については目下、審議続行中で、今回の国語施策懇ではその審議経過について前田富祺(とみよし)国語分科会漢字小委員会主査が報告、説明をした。
筆者は国民の言語生活を貧しくすることにしか役に立たない漢字政策などない方がよいと考える。戦後の国語政策がことごとく小ざかしい国語いじりに終わり、文化の継承を阻害し、今日の国語をいかに軽薄短小化させたかを考えれば、一々理由を説明することを要しまい。
だが、漢字小委では、パソコン等で簡単に表外字が打ち出せる時代だから逆に読み手の立場に立って一定の枠を作ることの意義があるとしている。この考え方の根底には、「漢字は難しい」「漢字が多いと円滑なコミュニケーションを阻害する」という当用漢字以来の勘違いがある。ひょっとすると漢字排斥の思想が隠されている。
事実は逆で、国語は漢字があるが故に読みやすく理解しやすいのだ。漢字には字音と字義がある。そればかりか、象形文字や指事文字なら字形を見れば字義が分かる。最も字種の多い形声文字は音符と意符の組み合わせでできているので、同じ部品が使われていれば相互に字音や字義が関連づけられ、一字一字が断片的知識に終わらず、知の連合によって整理して記憶できる優れものなのだ。