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【産経抄】5月11日
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聖徳太子が建立したとされる四天王寺は大阪の上町台地の一角にある。台地の西側はストンと高い崖になっている。太子の時代、この崖の下まで海が入り込んできていたという。海の向こうには九州があり、その先に朝鮮半島や中国大陸があった。
▼太子は恐らく何度もこの地に足を運んだことだろう。眼下に広がる西の海を見ながら、大陸の強大国とどう付き合えばよいか考えた。そう想像しても無理はなさそうだ。その結果かどうかはともかく、607年、第2次遣隋使として小野妹子を派遣している。
▼そのとき持たせた「日出(いづ)る処(ところ)の天子…」という国書が隋の煬帝を激怒させた話は有名である。日本が倭の五王時代の中国への朝貢外交ではなく、対等な自立路線を表明していると読み取れたからだ。だが当時の隋は高句麗と抗争中だったこともあり、それを容認せざるをえなかった。
▼中国の胡錦濤国家主席がそんな古代の外交史を意識していたかどうか、わからない。だが「春の旅」の終わりに、やはり聖徳太子ゆかりの法隆寺を訪れたというのは興味深い気がする。今の日中関係がどこか太子の時代を彷彿(ほうふつ)させるようだからだ。
▼江沢民時代、中国の経済成長や反日教育を背景に中国側が歴史問題を中心に一方的に攻めたてた。日本側はひたすら低姿勢で「御説ごもっとも」だった。ところが今回の主席来日で、そんな居丈高さは姿を消した。内容はよくわからないが「互恵」の言葉が飛び交っていた。
▼もっとも今回はチベットや冷凍ギョーザ問題など中国側に「弱み」が多かった。まだまだ「衣の袖から鎧(よろい)」との見方も強い。してみると今、法隆寺や四天王寺を訪ね、太子の毅然たる自立精神を学ぶべきは日本の政治家なのかもしれない。