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【言のついでに】大阪・校閲部長 清湖口敏

2008.5.10 03:26

 ■悲しき「ぱぴぷぺぽ」の詩

 俳句をかじったおかげで言葉の「音素」というものを知った。音素とは、例えばサツキのサを構成するsとaのような音をいい、詩歌ではこの音素がとりわけ大切な働きをする。

 芭蕉の「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉(せみ)の声」では、s音のたたみかけが静けさを際立たせている。「さらさら、すがすがしい、そよそよ」などに共通するsの音素は、さわやか、澄んでいる、静かといったイメージをもたらす。また、kの音素なら「からから、かさかさ」などからも分かるようにかわいた感じがある。「悲しさの極みに誰か枯木折る」(誓子)では、k音の多用によって物も心もかわいていることを表すのに成功している。

 hの音素はどうだろうか。まず思い浮かぶのが笑い声で、ハハハ、フフフなどと私たちは大抵h音で笑う。h音には気持ちが外にあふれる感覚があり、折口信夫が「春」の語源を「(魂が)張る」と考えたように、h音を語頭とする「春」や「張る」「花」などはまさに、ふくらみ、あふれ出ることに通じる。お日さまの「日」や「ほかほか」などはさらに、あたたかい語感まで備わっている。

 現代のh音は古代、p音で発音されていた。「母」は「ぱぱ」、「春」は「ぱる」だった。そのp音は幼児にとってきわめて重要な音素の一つと考えられている。「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」の著者、黒川伊保子さんによれば、p音はb音とともに赤ん坊が意図的に出す最初の子音で、赤ん坊にとってはとても気持ちのよい音であるそうだ。黒川さんのご子息が一番好きなのは「プー」だったとか。そういえば愚息は「オッパ」(おんぶ)を連発していたような記憶がある。

 さて次に掲げるのは、先ごろ新聞で大きく報じられた小学生の詩である。「おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺは ぷにょぷにょ/ふくらはぎは ぽよぽよ/ふとももは ぽよん/うでは もちもち」で始まるその詩は昨年、仙台市の土井晩翠顕彰会が行ったコンクールで佳作に選ばれた。作者は西山拓海君、受賞当時は小学3年生だった。

 お母さんの肌に触れて気持ちよさそうな作者の心情が実によく伝わってくる。巧まずして用いたに違いない「ほっぺ、ふくらはぎ、ふともも」といったh音の名詞や、「ふわふわ、ぷにょぷにょ、ぽよぽよ、ぽよん」といったh音・p音の擬態語が水銀をこぼしたように随所に光り、子供らしい身体感覚に満ちた詩になっている。母の慈愛も子供の安心感も読みとれる。それなのに、なぜ…。

 拓海君は4月1日、母親に電気コードで首を絞められ殺された。殺害動機など詳しい事情はまだ伝わってこない。4月6日付の毎日新聞が載せていた拓海君の作文に、こんな一節がある。「ぼくの畑からは、命がぴゅこんと毎日生まれます」。「ぴゅこん」とは何とまあ、独創的で明るく、子供らしい「p音語」であることか。舌頭で快活に転がる言葉を次々に生み出していく彼は間違いなく、声調の達人、詩文の名人である。

 作文では自身の植えた苗について「全部、ぼくの畑で元気です」と書いた拓海君。今ごろは天国のふわふわの雲の上でぽよんぽよんと元気に跳ね回っているのだろうか。今度こそ幸せな人生をつかむため、できることならもう一度、この世にぴゅこんと生まれてきてほしい。 (せこぐち・さとし)

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