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【青雲の大和】(210)新羅の砦
かがり火の炎に照らされて登場した●曇(ひどん)が、玄理(くろまろ)をみすえながら正面の一段高い位置に進むと、付き従ってきた者どもが、剣を帯びたまま左右に立った。
●曇は無言である。
玄理もまた無言で対峙(たいじ)していた。
●曇なる人物が立っているところは、あきらかにこの場の主座である。主座から大使の玄理をみおろしている。
大和の正使にたいしては、無礼きわまりない態度であるといわねばならない。
大和は史上ながく、三韓の宗主国であると自負してきた。そのことはべつにしても、一国の君主の勅使にたいしては拝跪(はいき)して接するのが、いわば国際的な慣例であった。大和の正使にたいし、上位に立てるのは新羅(しらぎ)においては徳曼(とくまん)女王だけである。
玄理は黙って相手をにらみつけるように立ち、●曇なる者が主座を降りてくるのを待った。
二人が対峙したまま長い息づまるようなときが過ぎ、●曇がかたわらに控える廉宗(れんそう)に新羅語でなにかを命じた。
廉宗はうなずき、広間の外にいる兵にやはり新羅語で声高に指示した。
兵が動きだした。
一隊は広間の後方の通路を閉ざすべくむかい、他の一隊は前方の扉のまえを固めた。明活山城(めいかつさんじょう)の主閣は武装兵で封鎖されたことになる。
それを確認してはじめて、●曇は主座を降りてきた。底光りする眼に笑いが浮いている。
「ようこそ、わが明活山城へ。いささか無粋なもてなしになるかもしれぬが、われらは歓迎しますぞ、大使」
小柄な通事(通訳)が、●曇の背にかくれるようにして早口で訳した。
「これはどういうことか、説明してもらおうか」
玄理の怒りのにじんだ問いに、●曇は口をゆがめて笑い、
「隋、唐での留学三十年とかいわれる大先生にして、おわかりにならぬか。つまりこれ、漢語でいえば幽閉、あるいは監禁というものである」
といった。
「なにをいうか、こちらは大和の勅使であらせられるぞ」
副使の中臣(なかとみ)が憤激にうわずった声をあげ、●曇につめよろうとすると、左右の兵がさっとふみだしてきた。
「わけをきこう」
玄理は副使を手で制してからいった。
なぜこの者どもは、いきなり幽閉、監禁という手段にでてきたのか。
●曇が廉宗にむかって、肉づきのいい顎(あご)をしゃくった。話してやれ、という意味である。
「わが新羅はいま、女人の王をいただき隣国の侮蔑を買っているのは、ご存じのとおりである。われらはこの無能な女王を廃して国のあり方を一新することに決して、動きはじめたところ、折悪しく大和から使いがみえた。いうまでもなく、いま貴国が女王を助け、女王一派と手を結ばれるのは、われわれには都合がわるい。よって大使、副使には、しばらくこの城でやすんでもらおうということになった。了解されたい」
「それだけか」
廉宗が話し終わるのを待って、玄理はいった。
「それだけではあるまい。最近まで貴官は長安にいて唐とのあいだに謀計を画策していた。なにを策していたか、きかせてもらおうか」(●=田へんに比)