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【青雲の大和】(209)新羅の砦
近づいてみると、明活山城(めいかつさんじょう)は信じられないほどの規模をもつ驚くべき山城(やまじろ)だった。大和はいうまでもなく隋、唐でも、こんな城を玄理(くろまろ)はみたことがない。
土塁のような城壁が、うねうねと山稜をとりまいている。総延長はどれほどあるのかわからないが、飛鳥でいえば甘樫丘(あまかしのおか)が三つ、四つ、そのなかに収まってしまいそうな規模である。
しかし、この城が新羅(しらぎ)の王宮からひどく離れた、いわば都の郊外にあるというのはなぜなのか、玄理には理解がいかなかった。
隋、唐の城は市街地をまるごと囲んでいる。長安(ちょうあん)、洛陽(らくよう)はもちろん、地方の城郭都市もすべてそうである。戦いになれば、守備軍はとうぜんながら市民をもまもらねばならない。
ところが、この明活山城はどうなのか。王都が敵に攻められるなら、民は放っておいて、王族と将兵だけが山城にこもって戦うということになるのではないか。王宮と街は敵の蹂躙(じゅうりん)にまかされ、民は逃げまどうしかない。
これが小国、新羅が古来とってきた戦い方である、というのであればそれまでだが、いま敵に攻められているわけではないのに、なぜこのような山城に廉宗(れんそう)は大和の正使である玄理を案内してきたのか。
「女王に代わって上臣(じょうしん)に会わせるということでしたが、こんな山城での会見というのはおかしいと思われませんか」
山のうえの城壁をみあげながら、文麻呂(ふみのまろ)が身をよせてきて、不審そうにささやいた。
城壁までは山の斜面にそって、狭い石段がまがりくねって延びている。
「その者、おそらく反女王派の首領だろう」
玄理はいった。
「だとしますと、危険ではありませんか」
「危険は承知だ。きみはようすをみて、そっちの側についてくれ」
打ちあわせどおりである。
和語のわからない廉宗はなにも気づかず、石段をさきに立ってのぼっていく。下からは剣をもった武官らが二列になってついてくる。
山の高みにのぼるにつれ、はるか西方に新羅の王宮と、わずかばかりの街区が暗くかすんでみえてきた。王宮まで道が一条とおっているが、相当の距離である。
山稜の城壁に着くと、ひとが一人しか通れない頑丈な石造りの門が中からあけられた。
「どうぞ、はいってください」
廉宗が門のそばでいった。
門をくぐって、玄理は眼をみはった。外からはまったく気づかなかったが、城壁のなかに大勢の兵がたむろし、掘っ立て小屋のような兵舎があちこちに建てられている。このようすからみれば、明活山城はまさに臨戦態勢にあるといっていい。
「こちらへどうぞ」
廉宗は眼に不逞(ふてい)な笑みをうかべて、城壁内の主閣とみられる建物へ案内していく。戦闘中はおそらくここが司令部になるのではないか。
「暗くなった、火を入れよ」
大広間にはいっていくと、廉宗は兵に命じて灯火の用意をさせたうえ、
「しばらくお待ちを」
といって、自分は主座のわきに身をひいて立った。
やがて正面の壇上にかがり火が焚(た)かれると、わきの扉がひらき、豪奢(ごうしゃ)な身なりの男が、よく肥えた大柄な体躯をあらわした。
新羅の上臣、●曇(ひどん)である。(●=田へんに比)