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【青雲の大和】(199)この日のために (1/3ページ)
このニュースのトピックス:青雲の大和
大郡(おおごおり)の宮からの帰途、難波(なにわ)の安曇江(あずみえ)にあたらしく学堂を建てたいという日文(にちもん)とわかれて、玄理(くろまろ)はひとり住吉(すみのえ)の大伴(おおとも)邸にむかった。
警護の兵はうしろに二人ついているのみである。彼らは玄理の命を狙う者がおそってくる恐れがあると知らされていて、大郡をでたときから戦々恐々としていた。
玄理は隋(ずい)での留学時代にわずか数日であったが、兵を指揮した経験がある。いま、唐の大将軍になっている親友の徐世勣(じょせいせき)にたのまれ、洛陽(らくよう)の攻防戦のさなかに一千人の部隊をあずかったものだが、戦塵(せんじん)をくぐってきた経験はやはり大きく、敵にたいしては、そこらの宮廷の武官よりはるかに肚(はら)がすわっているつもりである。
騎乗した玄理に、警護の兵が徒歩でしたがうかたちで難波の大道(おおじ)をまっすぐ南下し、まもなく住吉の森がみえてくるころだった。
「何者か追ってまいります」
兵がおびえたような声をあげた。
馬上ふりかえってみると、冬の夕陽をあびて大道を駆けてくる男が二人いる。一人は壮年とみた。腰に剣を帯びている。他の一人は若い敏捷(びんしょう)そうな男である。