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【断 呉智英】「大阪の食い倒れ」ってホント?
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大阪道頓堀の食堂「くいだおれ」が今夏で閉店すると発表し、名物の「くいだおれ人形」の写真が各紙に大きく出た。昭和二十四年の開業以来広く親しまれてきただけに寂しく思う人も多いだろう。
今回の報道でほとんどのマスコミが「京の着倒れ、大阪(大坂)の食い倒れ」という諺(ことわざ)を援用している。その歴史的・伝統的風土の上にこの食堂があったのだ、と。
本当だろうか。逆かもしれないとなぜ疑わないのだろう。終戦後開業したこの食堂が「食い倒れ」を名乗り、看板人形をいつも目にしたために「大阪の食い倒れ」が定着したのかもしれないではないか。ホームレスが公園などに「テント村」を作っている光景が十数年続いただけで、終戦期の焼け跡に戦災被災者のテント村ができた(バラック村だよ)と平気で書く小説家まで出てくるほどだ。
「〇〇の着倒れ、〇〇の食い倒れ」は実はいろんな地名について言われる。一番有名なのは「京の着倒れ、江戸の食い倒れ」だ。大坂の町奉行を勤めた久須美祐雋(ゆうせん)は『浪花の風』で「諺に『京の着倒れ、江戸の食い倒れ』というように、大坂も京都に近いから着倒れの風習である」と書いている。昭和十一年刊行の森田たま『もめん随筆』にだって、大阪の女は「ふだんはつましい食事で辛抱」とか「大阪の婦人の着物に対する知恵の深さ」とか、書かれている。大阪の食い倒れなんて、戦後のことだ。伝統的だの歴史的だのと称するものにはこの種の誤解や、デマさえけっこう多い。要注意だ。(評論家)