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【試行私考 日本人解剖】第3章 ルーツ 弥生人の出現(1) (2/3ページ)
このニュースのトピックス:歴史・考古学
≪水稲農耕発祥の地≫
前者の典型的弥生人は「北部九州・山口タイプ」、後者の弥生人は「西北九州タイプ」と呼ばれる。西北九州型弥生人の特徴は、縄文人と一致していることから、縄文時代からこれらの地に居住していた集団の子孫と考えられている。
では、北部九州・山口型弥生人のルーツは「誰」だったのだろうか。
弥生時代は、大陸からの水稲農耕伝来で幕を開けた。国内で最も古い時期の水田跡も、典型的弥生人の骨が見つかる北部九州から集中的に出土する。板付遺跡(福岡市博多区)や菜畑遺跡(佐賀県唐津市)などだ。
これらの水田跡は、紀元前4〜3世紀ごろのものと長く考えられてきた。しかし、国立歴史民俗博物館が平成15年、出土した弥生時代早期から前期にかけての土器の付着炭化物をAMS−炭素14年代測定法で鑑定した結果、400〜500年早い時期のものだったと発表。その後の鑑定で紀元前10世紀後半頃までさかのぼり、この年代を弥生時代の開始とする説が有力になりつつある。
これまでのところ、これら最古レベルの水田跡では人骨は出土していない。北部九州・山口型弥生人の人骨が見つかり始める年代とは500年間の開きがあるが、地域的にみれば、北部九州・山口型弥生人が水田稲作を最初に営んだ人々の有力候補ではある。

