モヘンジョダロの遺跡には、陶器づくりに使われた、紀元前3〜2世紀ごろの作業部屋も残されている。レンガが敷き詰められた床には、レンガを臼のように並べた炉のような土台が並んでいる。遺跡発見時、多数の人骨が発見されたため「モヘンジョダロ」(死者の丘の意)と名付けられた古代都市には、4万人が暮らしていた。その人々が使う水がめや壼(つぼ)がここでつくられていたとみられている。