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【断 久坂部羊】医療情報の功罪
このニュースのトピックス:コラム・断
テレビの通信販売で、手首に巻くタイプの自動血圧計が紹介されていた。測定方法の説明のとき、「手首を心臓の高さにして」と言っていたのが気になった。
血圧を計るときは心臓の高さでと思い込んでいる人がいるのは、こういう宣伝のせいだろう。実際には、心臓の高さで計ろうが、どこで計ろうが大差はない。
自動血圧計を使うときには、高さよりも、センサーをきっちり動脈の上に当てることのほうがはるかに重要だ。なぜそれを説明しないのか。「動脈の上にきっちり当てて」などと言うと、視聴者が「むずかしそう」と引いてしまうからだろう。売るためには簡便さを強調することが大切だ。
かくして大事なことは伝わらず、どうでもいいことが重要視される。
私が前に在宅医療で診ていた患者にも、血圧測定のとき、律儀に腕を心臓の高さに持ち上げる人がいた。その人は血圧に神経質で、家の自動血圧計で1日20回以上も計っていた。夜になると必ず血圧が上がると言い、診察に行くたびに血圧記録を延々と見せられる。そんなに気にして計るから、血圧が高くなるのでは? と思うほどだ。
かつて私が外務省の医務官として勤務したパプアニューギニアでは、たいていの人が血圧など気にしていなかった。田舎の村へ行けば、血圧そのものを知らない人も多かった。当然、神経質になる人もいない。
彼らはがんや心筋梗塞や認知症を恐れることもなく、日々のんびりと暮らしていた。ただし平均寿命は50歳前後だから、単純にうらやんでばかりもいられない。
医療情報が増えると、安心も増える代わりに、心配も増える。何も知らずにのんきに短命の危険を受け入れるのと、どちらがいいだろうか。(医師・作家)