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【人、瞬間(ひととき)】あの人 作家・宮本輝さん(60)(中) (1/2ページ)
■誠実で温かだった「ホンギ」
宮本輝が21歳の大学生の時、父が亡くなった。数々の事業に手を広げ、最後には借金だけを残して逝(い)った。69歳だった。羽振りが良かったときは金魚の糞(ふん)のように大勢の人間が父にくっついてきたが、手のひらを返したかのように葬儀に訪れる人はいなかった。いや、一人の年老いた在日韓国人の男以外は…。
その男は、戦前に朝鮮半島から日本に渡り、ヤカンを作る工場に勤めていたため、「ヤカンのホンギ」と呼ばれていた。戦争中に妻と娘を亡くした天涯孤独の身。ある理不尽な理由でヤカン工場を解雇され、父が知人の自動車部品工場の夜警の仕事を紹介。だれもが数日と続かない過酷な仕事を、70歳を過ぎるまでまじめに働いて円満退職した男だった。
ホンギは日本語がほとんど話せず、火葬場ではただ黙って頭を下げるだけだった。「父の葬儀に誰も来てくれるとは思っていなかったので驚きましたね」。宮本は人間の深い温かさを感じた。
そんなホンギと再会したのは、宮本が広告会社に勤めていた24歳の時、大阪市内の地下鉄の中だった。後ろから肩をたたかれて振り向くと、見上げるくらい大柄なホンギが立っていた。「お久しぶりです。父が亡くなったあの日以来…」。あいさつをすると突然、ホンギは宮本の肩を両手で揺すった。「アンタニ シュミョ ワケタ」
泣きながら何度も繰り返された言葉。「どういう意味だろう」。宮本は、びっくりするやら恥ずかしいやらで、一駅手前の駅で下車した。地下鉄のドアが閉まった瞬間、ホンギは宮本に向かって敬礼した。それが、彼を見た最後だった。

