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【断 佐々木譲】小説は時代をどう描くか
このニュースのトピックス:コラム・断
本紙1月10日付のこの「断」というコラムで、呉智英氏が「その時代にこれはないぜ」と題されたエッセーを書いていた。
拙作『警官の血』が取り上げられており、呉氏はその時代にはない言葉づかいがあるとして、5カ所を指摘している。その指摘のうち2カ所は、わたしが意識的に現代的語感の言葉に置き換えたものだ。残りは「その時代にこれはない」とした呉氏の勘違いである。
しかしそもそも、小説の時代相描写が正確かどうかは、物語性に従属する問題である。「時代相をそれらしく描く」ことは、読者を物語に引き込むための手法のひとつに過ぎない。描写の正確さそれ自体は、小説が一義的に追求すべき目標ではないし、ましてや小説の条件ではない。わたしの場合、歴史上の人物を同時代人として受け止めてほしいとき、あえて彼らに「いまふうの」会話をさせることもある。
なので、ふつうであれば呉氏のようなナイーブな批判は、微苦笑するだけでやりすごす。しかし呉氏はわたしの担当編集さん、校閲さんまで引き合いに出して叩(たた)いた。まるでわが担当さんたちが怠慢であったか、能力に欠けるかのように書いたのだ。仲間の仕事ぶりまで無根拠に批判されては、黙ってはいられない。
ずいぶん高い調子で書いた以上、いまさら誤りを認めることも謝罪も、体裁が悪かろう。「筆が滑った部分もないとは言えない」とでも、どこかに書いてくれたらよい。ならば、わたしは呉氏のエッセーを「小説の時代相描写はいかにあるべきか」という問題提起であったと受け止め直すことにする。この件を、今後多少なりとも生産的な考察交換のきっかけとするために、呉氏にはそうしてはどうかと提案したい。(作家)