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【断 さかもと未明】「16歳」を語る無意味 (1/2ページ)
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高校生プロゴルファー、石川遼が、だいぶん言われている。やれ迷彩服のウエアがだめだの、授賞式にジャージーを着てきたの…。
確かに、品格ある授賞式にジャージーは配慮がない。だが、マナーが重んじられ、紳士のスポーツともいわれるゴルフといえども、プレーしないものからみたら「ウエアなんて何でもいいじゃん」だろう。それより、「だから16歳のプロ入りは早すぎる」「サラリーマンが一生かかっても手にできない大金を16歳の少年が手にするなんて」といった批判を奇異に感じるのだ。
才能と実績があるのならば、いくつでプロになろうとかまわないし、まして生活の安定を会社に委ねたサラリーマンの賃金と、身一つでリスクも負うかわりに勝てば稼げる、プロの賞金金額や契約金を比べて語ることが無意味だろう。
公正な競争を才能と努力で勝ちあがった人に、「年齢相応」や「平均」をもとめるのは、突出した人を無理やり平均値にひきおろすような、歪(ゆが)んだ平等ではないか。そして、そういう発想はどうにもこうにも貧乏臭く感じるのである。