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【断 久坂部羊】介護保険に幻想は禁物
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私が在宅医療で診ているNさんは、自力で車椅子(いす)を動かせない。だから、ヘルパーの付き添いで散歩するのが、ほぼ唯一の外出の機会である。ところが来月から、その散歩ができなくなってしまった。
理由は、ヘルパーのサービスでは散歩の付き添いが認められないからだ。介護保険ではもともとそういう決まりだった。それをNさんの希望が強いので、内々に行っていたのである。しかし、コムスンの事件以来、役所の監視が厳しくなって、中止せざるを得なくなったのだ。
介護保険がなぜ散歩の付き添いを認めないのか。それは散歩が生活に不可欠ではないからだ。散歩はいわゆる“楽しみ”で、それがなければ生きていけないわけではない。
介護保険で提供されるサービスは、まず生活に必須のものから優先される。食事介助、排泄(はいせつ)介助、オムツ交換、体位変換、清拭、更衣・入浴介助など。そこで保険財政が逼迫(ひっぱく)すれば、散歩などという“贅沢(ぜいたく)”はサービスとして認められなくなるのだ。
大阪市の場合、ヘルパーの付き添いが認められるのは、買い物、通院、役所の手続きなどにかぎられる。しかし、財政的に厳しい自治体では、買い物にさえ難色を示すところもある。付き添いで買い物に行くと、時間もかかるし、介護料も単価の高い「身体介護」の請求になるからだ。ヘルパーが買い物に行けば、単価の安い「生活援助」で、時間も短くてすむ。
介護保険はそういう世知がらい状況で運営されている。
散歩に行けなくなったNさんの落胆は大きい。介護保険がはじまったおかげで、悲惨な状況にあった高齢者が、ずいぶん救われているのも事実だ。しかし、介護保険が快適な介護を保障してくれるなんて思っていたら、将来、失望するのはまちがいない。(医師・作家)